【前回記事を読む】【大阪弁『変身』】「シッシッ!とっとと部屋にすっこみさらせ!」…こんなんもう父親の声には聞こえんわ、やかましぃ騒ぎよって!
大阪弁で読む『変身』
Ⅱ
ところがもうドアが開くことはなく、グレゴールは無駄に待つはめになった。
今朝ドアに鍵がかかっとったときは、みな中に入ってグレゴールに会いたがった。それが今、ドアの片っぽはグレゴールが開けてもう片っぽも昼の間に開けられたっちゅうのに、誰一人来ようとはせん。おまけに今度は外側から鍵がかかっとる。
夜が更けてやっと居間の明かりが消えた。両親と妹がつま先歩きで立ち去る足音がはっきり聞こえて、三人ともえらい遅うまで起きとったことが容易に分かった。ほな朝まで誰も来ぇへんなというわけで、誰の邪魔もなしに、自分の生活をどう組み立て直すべきかと考える時間をたっぷり取れた。
ただ天井の高いガランとした部屋でグレゴールは床に這いつくばる他無(の)うて、五年前から住んでる部屋やというのにわけも分からず不安に襲われた──半ば無意識に体の向きを変えて、多少の恥ずかしさも手伝うて、ソファの下に駆けこんだ。
背中は若干つっかえるし頭はいっこも上げられへんしではあったけどすぐリラックスできた。体の幅があり過ぎてソファの下におさまりきらんことだけが残念ではあった。
その場所でグレゴールは一晩中ウトウトしたり腹が減って目を覚ましたり、かと思うと気をもんだり漠然と希望を抱いたりして過ごし、最終的にはこないな結論に達した。
差し当たり自分は冷静でおらねばならん。家族がこらえてできる限りの配慮をしてくれたらこの難儀な事態にも耐えられるに違いない。もっとも当の自分がこんなんやからこそその難儀な事態になっとるんやけど。