【前回記事を読む】【大阪弁『変身』】妹は逃げ出したいんを死ぬ思いでこらえてんのやと思い知った。せやから俺は、妹がこんな情景を見んで済むように…
大阪弁で読む『変身』
Ⅱ
日の高い間グレゴールは両親に気を遣(つこ)うて窓際に姿を現すことは控えるようになったけど、床を這いずり回れる範囲はたかだか二~三平方メートル、夜の間じっと静かに過ごすのもそうとう忍耐力がいるし、食事すらいっこも楽しのうなって、壁や天井をタテヨコナナメに這い回って気晴らしする習慣がついた。
特に天井からぶら下がるんが好きやった。床にへばりつくんと大違い。呼吸が楽になる。軽い震えが全身を走り抜ける。天井にぶら下がって気持ちよさにボーッとしとると思いがけず床にドスンと落っこって目を白黒さすこともあった。とは言うてもグレゴールは当然体のコントロールが上達しとるからそないな大事故におうてもケガひとつせん。
グレゴールが見つけたこの新たなお楽しみに妹はすぐ気づいて──なんせあっちゃこっちゃ這うたびに粘液の跡が残るから──、グレゴールが最大限広々と這い回れるようにしたろう、その邪魔んなる家具、特にタンスと書き物机をいの一番に取っ払おうと考えついた。
とは言うても妹が一人でこの仕事をやってのけられるもんでもない。父親に手助けを頼む勇気はなかったし、女中が手伝うてくれる見こみはゼロ。なるほどこの十六歳の娘は前の炊事婦に暇を出して以来気丈にしんぼうしてはくれとるものの特別に願い出て、台所に閉じこもってよし、特に呼ばれたときだけ開けるべしとしてもろうとった。