そこで妹に残された道はただひとつ、父親のおらんすきに母親の手を借りること。喜びの声を上げてはしゃいだ様子で母親はやって来たもののグレゴールの部屋のドアを前にすると黙りこんだ。
言うまでもなしにまず妹は部屋ん中がきっちり片付いてるかどうか検分した。それがすんで初めて妹は母親を中に入れた。グレゴールは大急ぎでシーツをさらに深く、さらにたわめてかけ直した。
全体を、偶然シーツがソファにかかってるだけに見せる偽装やった。グレゴールは今回も、シーツの下からこっそりのぞくんはやめにした。母親の姿を見んのはあきらめて、来てもらえただけでありがたいと思うことにした。
「来てええよ、見えへんから」そう言う妹が母親の手を引いてんのは明らかやった。かよわい女二人がそれでも重い古ダンスを動かす気配、あんまり無理がかかるんを心配して母親がヤイヤイ言うんを聞きもせんと妹が仕事の大部分を引き受ける気配をグレゴールは聞いて感じた。仕事は長丁場になった。十五分もうんとこさっとこしてから母親が言うた。
タンスはやっぱりここに置いといた方がええんと違うかしら、ひとつには重過ぎてお父さんが帰ってくるまでには終わらへんやろうし、タンスが部屋の真ん中にドンとあったらグレゴールも邪魔でしゃあないやろうしね。
もひとつ言うたら、家具をどけてグレゴールが喜んでくれるかどうか分かれへんやないの。あたしは逆みたいな気がすんのよ。なんもない壁を見とったらほんま気ぃめいるわ。グレゴールかてそんな気になって不思議やないで。やっぱり長いこと愛用しとった家具やし、カラッポの部屋に置き去りにされたて思いそうやわ。
「ちゃうかしらねえ」母親は小声で、それこそささやくような声で締めくくった。
グレゴールがまさにそこにおるとは気づいとらなんだものの、声の響きすら聞かれとうないみたいやった。グレゴールに言葉は理解できん、そう母親は思いこんどった。