【前回記事を読む】【大阪弁で「変身」】「助けて、神さん、助けてー!」母親がいきなり立ち上がって、腕を伸ばして指を開いて叫んだ
大阪弁で読む『変身』
Ⅰ
父親はグレゴールの善意に気づいたもんと見えて、邪魔せんどころか向きを変える動きをこっちやそっちやと遠くからステッキの先で指示したった。ただ父親のシッシッという声だけは耐えがたい、これさえなかったらええんやが! そのせいでグレゴールはまともに頭が働かん。
方向転換はほぼ終わったものの、このシッシッという声をしじゅう聞かされて見当が狂うて少し逆戻りする始末。けどどうにかこうにか頭が開いた側のドアに届いたとき、グレゴールの体は幅があり過ぎてそのまんまでは通れんことが分かった。
むろん父親も父親でドアのもう片っ方を開けてグレゴールが通れる道を開いたることなんぞ思いつく状態やなかった。グレゴールめ、とっとと部屋にすっこみさらせ1。それだけが父親の確固たる信念やった。
グレゴールは体をまっすぐ起こすにも手のかかる準備がいるし、おそらくこのやり方でドアを通り抜けるにあたってもそれは同じやろうけど、それすら認めてくれそうにない。むしろ何の邪魔もなかろうがとばかりにいっそうやかましぃ騒いでグレゴールを前へ前へと追い立てた。
グレゴールの背後に聞こえる声はもはや、他ならぬ父親の声には聞こえんかった。冗談もへったくれもなしにグレゴールは── 後はどうなとなりさらせ──ドアの間に突き進んだ。
体の片側が持ち上がって、開いた側のドアに斜めにもたれるかっこになった。わき腹はすり傷だらけで白いドアに汚らしいシミが残った。じきに体がはまりこんでしもうた。
自力では身動きひとつ取れそうにない。片側の脚はワヤワヤとむなしく虚空を蹴るばかり、反対側の脚は床に圧迫されて痛い──そこへ父親が背後から、決着の強烈な一撃をくれた。グレゴールは血だらけで部屋の奥まで吹っとんだ。
ドアがステッキで閉められて、やっと騒ぎはおさまった。