夕暮れどき、やっとグレゴールは人事不省も同然の眠りから目を覚ました。何の邪魔も入らんでもどのみちほどなく起きたやろうというくらいぐっすり眠った爽快な目覚めやった。

とは言うものの、逃げるような足音と玄関に続くドアを慎重に閉める気配とで目が覚めた、グレゴールはそんな気がした。

電気じかけの街灯が投げかける光が天井や家具の上の端をあちこち青白う照らしとったけど、グレゴールのおる床のあたりは真っ暗やった。ゆっくりと、まだ不慣れな様子ながら触角で探りもってドアに向かい、初めてグレゴールは触角のありがたみが分かった。そこで何が起こったんか確かめたかった。

体の左っ側は不気味にひきつれた一本の長い傷みたいで、二列に並んだ脚でほんまギクシャク進む他なかった。その一方で脚が一本、午前中の出来事の間に重傷を負うて──傷を負うた脚が一本ですんだんは奇跡に近い──動くこともなくズルズル引きずられた。

ドアのそばで初めてグレゴールは自分が何に吸い寄せられてそこまで来たんか分かった。食いもんの匂いやった。ボウルいっぱいの甘い牛乳に白パンの細切れが浮かんどる。嬉しさのあまり笑い出しそうになった。なんせ朝以上に腹が減っとる。

早速目の上までが牛乳につかろうかというほど深々と頭をつっこんだ。ところがすぐにガッカリして頭を引っこめた。体の左っ側が厄介でものを食うのも一苦労というだけでのうて、息切れするほど体中を総動員せんとものが食えん。

加えて、以前はグレゴールの大好物で、だからこそ妹も差し入れてくれたはずの牛乳がうまくもなんともない。まさしくぞっとする思いでグレゴールはボウルを残して部屋の真ん中に這い戻った。