大阪弁で読む『変身』
Ⅰ
グレゴールはこの店で死ぬまで厄介になれると長年信じて疑うたためしがない。かてて加えて今は目の前の災難で手一杯、先の見通しが立とうはずもあれへん。
せやけどグレゴールはこの点がちゃんと見通せた。支配人を引きとめて、落ち着かせて、言いくるめて、最後には味方につけんならん。
グレゴールと家族の将来はそこにかかっとんやないか! 妹がここにおったらどんだけ助かるか! 妹は賢い。グレゴールが静かにひっくり返ってたときにはもう涙を流しとった。
女に優しい支配人なら妹に同情すること間違いなし。妹なら玄関を閉めて玄関ホールで支配人に、恐がらずとも大丈夫でございますと言い聞かせることも期待できる。
しかし妹はそこにおらん、となるとグレゴールが自分でどないかせんならん。グレゴールはろくすっぽ考えもせなんだが、今自分は動く能力がどんな具合かまだ把握できとらんし、自分の話すことも恐らく── と言うより間違いなしに今回も通じとらん。
せやのにグレゴールはドアを離れた。
ドアの開いた間をジリジリと進んだ。支配人めがけて進もうとはしたものの、当の支配人は玄関先の手すりをみっともないかっこで両手で握りしめとった。グレゴールはつかまるとこを探したもののすぐにワッと叫んで腹ばいに倒れた。
そうなった瞬間、グレゴールはこの朝初めて自分の体を快適に感じた。
無数の脚がしっかり床をつかまえる。そんでグレゴールの命令を完遂するんやから、そら嬉しかろう。それどころか労を惜しまんとグレゴールを望みの場所へと連れて行ってくれる。