自分で支配人を追っかけるかせめてグレゴールの前進を邪魔せなんだらええものを、右手には支配人が帽子や上着といっしょくたで椅子の上にほったらかしにしとったステッキ、左手にはテーブルからひっつかんだ新聞、ドスドス足を踏み鳴らすわステッキと新聞をぶん回すわでグレゴールを部屋に追っ立てはじめるていたらく。

グレゴールの懇願は聞き入れてもらえんしそもそも通じとらん。従順そうに頭を回したところで父親はよけいに力を入れてドスンと足を踏み鳴らすだけ。向こうでは母親がくそ寒いのもおかまいなしで窓をガッと開けて、めいっぱい突き出した顔を両手ではさんだ。

通路と階段の吹き抜けの間に強風が吹いてカーテンがひるがえり、テーブルの新聞がバタバタとはためいて何枚か床に落ちた。情け容赦なしに父親はシッシッと吐き捨ててグレゴールを野蛮人さながらに追っ立てた。

ところがグレゴールはバックの練習をしておらんので、ことの進みはほんまに遅い。

方向転換さえさせてもらえたらグレゴールはすぐにでも部屋にすっこんだやろうけど、方向転換に手間取って父親がいらち来んのを恐れておったし、もっと言うと父親の握りしめたステッキで必殺の一撃が背中か頭にブチこまれるんやなかろうかと気が気でなかった。

とは言え他に残された道はあれへん。下手にバックなんぞしたら進むべき方向すら分からんようになると気づいて恐くなった。

そんなわけでしじゅう不安そうに横目で父親を見もって、できる限り急いで、とは言うものの実際にはまことにノロクサと方向転換し始めた。

【前回の記事を読む】【大阪弁のカフカ『変身』】「ゲッ!」と叫ぶ声──支配人、両親、妹の反応を見て冷静さを保っとんのは自分だけやと自覚したで「ほな」

次回更新は1月14日(火)、12時の予定です。

 

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