ただ利子で一家が食うていける金額にはほど遠かった。恐らく一年、ようて二年なら一家そろって暮らしていけるっちゅうくらいで、それ以上のもんではなかった。その程度の金額でしかないから本来手をつけんとまさかのときに備えてとっとかんならん。生活費は稼がんならん。
かと言うて父親は健康ではあってもじいさんで、五年間何の仕事もしとらんから自分でも自信はなかろう。労多くして実り少なかった人生で初の休暇となったこの五年で父親は、すっかり脂肪をたくわえたせいでおよそキビキビとは動けん体になった。
ほな稼ぐのは年老いた母親の役目か? ぜんそくが悩みのタネで家ん中を歩き回んのも一苦労、二日に一回は開いた窓のそばにあるソファで呼吸困難をやり過ごす母親の?
ほな稼ぐんは妹の役目か? 歳は十七まだまだ子ども、かわいく着飾りたっぷりおねんね、家の用事をお手伝い、ときにはちょっとのお楽しみ、とりわけ大好きヴァイオリン、そんなことからなる暮らしをさせてもろとった妹の?
どないかして金を稼がなという点に話が及ぶとグレゴールはいつもまずドアから離れて、ドアのそばに置いてある革の冷たいソファに身を投げ出した。恥ずかしいやら悲しいやらで体が火照るからやった。
一晩中そこに寝そべって、まんじりともせず何時間もソファの革を引っかいて過ごすこともたびたび。そうか思たら労を惜しまず椅子を窓まで押しやって、窓の手すりまで這いのぼって椅子で体を支えて窓にもたれかかる。明らかに、かつて窓の外を眺めて感じた解放感をなんぼかは思い出しとった。
と言うのも、実は日に日にグレゴールはほんの少ししか離れてへんとこにあるもんさえあんじょう見えへんようになっとったから。
次回更新は3月5日(水)、8時の予定です。
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