グレゴールは体をずらして元の姿勢に戻った。「こないな早起きは」と考えた。

「アホになる元やで。人間、しっかり眠らんと。他のセールスマン連中、ハーレムの女みたいな生活しくさって。例えばの話、おれが午前のうちに宿に駆け戻って、必死のパッチ4 で集めた注文を書きつける頃にやっと皆様方はお座りになって朝めしや。

おれが社長のおるそばでそんな真似してみぃ。クビ確定や。もっともまあ、それもまんざら悪いとは言い切れんかもな。おれかて両親のためにがまんしとるんでなかったら、とうに辞表を叩きつけて社長の前に出て本音を洗いざらいぶちまけとるわ。おっさん机から転げ落ちよるで。

机の上に座って文字通りの上から目線でお言葉をたれんねんから、けったいなやりくちや。おまけにおっさん、耳が遠いから部下はほんまおそば近うに寄らんならん。ま、望みなきにしもあらず。金貯めて両親の借金を社長に耳そろえて返しさえすりゃ──あと五~六年かかるかね──そんときゃ絶対にやったる。それでおれの人生はズバッと変わる。差し当たりはとにかく起きんとな、列車は五時発やから」

グレゴールはタンスの上でチクタク言うてる目覚ましに目を向けた。「えらいこっちゃ!」と思うた。六時半や。針は悠然と進んで、六時半どころかもうじき六時四十五分。目覚ましが鳴らなんだ5 、なんちゅうことがあるか? ベッドから見ても、きっちり四時に合うとんのが分かる。てことは確かに鳴ったんや。せやけど家具をも揺るがすド派手な音の中でスヤスヤお寝坊、なんちゅうことありうるか?

もっとも安眠できなんだ分だけ深く眠りこけたということも考えられる。ともかくグレゴールが今打つべき手は何か? 次の列車は七時発。これに追いつくにはアホみたいに急がんならんし、商品の荷造りはできとらんし、当のグレゴールは気分シャッキリ力みなぎる、という体調からはほど遠かった。


1 けったいな……おかしな

2    百回がとこ……百回くらい

3    えらい……きつい

4    必死のパッチで……必死になって

5    鳴らなんだ……鳴らなかった