が、やがて、「助けられた」「生かされた」ということを重く受け止めるようになった。目の前が派出所だった。事故の目撃者として申し出てくださったのは隣町のお坊さんだった。

通勤途上で労災扱いにしてもらえた。元通りの身体に治るケガですんだ。大難を小難にしてもらえたのは、神仏やご先祖様のご加護だと思った。

長い間入院していたので病院のスタッフと親しくなった。皆さんが親切だったので居心地はよかった。主治医は若い先生で気さくに話していた。

一緒に診てくださっていた副院長先生は穏やかな紳士。看護師の女性たちは優しく、気が滅入りそうになっていた私を明るく励ましてくださった。

主治医だった先生はその後大学の腫瘍センターで研究を続けられ、アメリカに留学し、また大学に戻られた。立派になられた先生に再会した時は嬉しかった。

副院長だった先生も今は大学教授。父がくも膜下出血で倒れた時に先生のアドバイスを頂けたのは心強かった。

看護師の5歳年下の女性とは、同じ町内で同じ中学だった親しみもあり、今は友達づきあいをしてもらっている。

看護師の上位職の方からは講演を頼まれたことがあり、今でも年賀状のやりとりをしている。

交通事故という不幸な出来事をきっかけに、人脈が広がった。

禍を転じて福となす。

「人」が好きな私は、その時その時でこんな素敵な出会いを頂けている。

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