II 遺跡ガイド
1. アテネ市内とピレウス
アクロポリス
〇アテナ・ニケ神殿
プロピュライアの右翼は一部が削られており、その丘の端に東西両面に4本ずつイオニア式円柱をもつ、アテナ・ニケ神殿 が建っています。
ニケは、ギリシア語で「勝利」を意味し、知恵の神としてのアテナをアテナ・ニケとして祀(まつ)っていました。アテネ市民は長く続いたスパルタとの戦争(ペロポネソス戦争)の勝利を祈って、前427年に神殿の造営に着工、前425年に竣工して祭神像が奉納安置されました。
ニケは本来サモトラケのニケのように「翼のある勝利の女神」ですが、アテナ・ニケの像には翼がなかったため、この神殿は「翼のないニケ(ニケ・アプテロス)の神殿」とも呼ばれました(アテナ・ニケが、アテネを決して離れないように翼を奪われたのだという伝承が残っています)。
また、パウサニアス(ローマ時代:150年頃のギリシア人旅行家)の『ギリシア案内記』(第1巻第22章第4-5節)において、アテネの王アイゲウスの息子テセウスが、クレタの「ミノタウロス」を退治して帰国する時には白い帆を掲げることを父に約束していたが、アイゲウスは船が黒い帆を掲げているのを見て、息子は死んだものと思ってこの場所から身を投げて死んだ、という伝承を述べています。