はじめに

 

私は何一つ期待しない(ゼン・エルピゾー・ティポタ)

私は何一つ恐れない(ゼン・ポブウーメ・ティポタ)

私は自由人である(イメ・レフテロス)

―ニコス・カザンザキス(1883〜1957年)の墓碑銘より

 

この本を手に取られた方は、ギリシアと言えば何を思い浮かべるでしょうか? エーゲ海の青い海、青い空、そして島々に建つ白い教会や建物を思い浮かべる人も多いかもしれません。おそらく、古代の景観(特に地方やエーゲ海の島々など)は、今とあまり変わっていないかもしれません。

しかし、ギリシアを旅した人は、理想化した古代ギリシアとはかけ離れた、現代ギリシアの喧噪に出会い驚くことでしょう。実際、日本からやってきた私の知人などは、アテネで見かけるギリシア人の騒がしさ、自己主張の強さ(エゴの精神)に少々辟易していました。

今も、ギリシアの各地を旅してみれば、カザンザキス(クレタ島出身の小説家)の描く『その男ゾルバ』のような楽天的でバイタリティ溢れる、自由で陽気なギリシア人に出会えるかもしれません。

ところで、ギリシア人にとっては、「古代」は近代になってから再発見されたものでした。ギリシアの歴史を振り返れば、古代はヘレニズム時代を経てローマ時代に引き継がれ、その後のビザンツ時代以降、彼らの生活はキリスト教の影響に強く支配されていました。また、その後のオスマン帝国の長い支配の中で、ギリシア人は古代の遺跡を長く忘れ去っていました。

近代になって、ギリシアの独立後、ヨーロッパからやってきた考古学者たちが、ギリシア各地の遺跡を発掘しているのを見て、ギリシア人は自らはキリスト教徒であり、古代の遺跡は「ヨーロッパ人の神々の遺跡」と見なしていました。