「お花はね、昔、どこかよその国の絵本で見たの。お祖母さまのお土産。お屋敷に戻ればありますわ。……わたくしの母はわたくしを産んですぐ亡くなって、父もわたくしが三歳のときに。でも、お祖母さまが両親のぶんまで愛情をそそいでくださって……。
あら、話が横道にそれたわ。それで、その本に、西洋の花の名前とか、どんなところに咲いているとか、書いてあったのを思い出して……」
千鶴はその一枚をきれいに切り取って虎太郎に渡した。
「さし上げます。脱走犯と勘違いしたお詫びに」
虎太郎は頭を下げて、分厚い手で絵を丁寧に掴んだ。
「まあ……。何てきれいな絵……」
のぞき込んだゆきが、思わず声を上げた。
「こ、こいつは……」
絵を受け取った虎太郎が呻いた。彼はあることに気がついて呂律(ろれつ)も怪しく聞いた。
「ち、千鶴さま! こ、この木は、そこに、にょっきり顔を出している『カムイの槍』?」
「ええ」
「てこたあ、この景色はもしかして、あっしらが今、切り開いている地獄道……?」
「そうよ。今、兄にも話したのだけど、完成予想図なの。でも、現実的だと思うわ。ここに鉄道が通るでしょ? そうしたら、交通の便が良くなるから人や物の流れが活発になるわ。そうなったら住み着く人たちも出てくると思う。
このあたりの気候、風土なら、玉葱でしょ、じゃがいもでしょ、他にもたくさんいい作物が採れるんじゃないかしら? ここの人たちは、豊穣の恵みを享受できるんだわ」