紅の脈絡
「けもの道」しかなかったこの宇留邊(うるべ)に、初めて本格的な道路が作られたのは、一八九一(明治二十四)年のことであった。
工事に当たった囚人のうち、二百十一名が命を落とした。その中には鎖をつけられたまま脱走を試みて捕えられた者も多く、彼らは皆土饅頭と呼ばれる土を盛り上げた墓に葬られ、そこは鎖塚と呼ばれた。
当時の野図町長・沼中武氏によって、地蔵一体が建てられた。そののち、いつ誰が建てたのか、もう一体の地蔵が出現した。
「……とにかく、この鉄門をよじ登ろうなんて無茶だ。こんなところを見られたら、全員サーベルで斬り殺されるか、鉄砲で撃ち殺される。急いでこっちに入って戸を閉めるんだ」
背の高いきれいな影が、雑多な影の塊を誘導した。そこは裏門の一角に置かれた十畳ほどの木造の監視小屋だった。机が一つ、椅子が一脚、壁には警部の制帽とサーベル、そして白衣がかかっていた。
「ここから脱走する手立てなどない。もし僕が見て見ぬふりをしても、外には相当数の看守や巡査たちが巡回している。諦めたほうがいい」
鈴木竜興(たつおき)警部の透明感のある若々しい声に、五人の囚人たちは絶望した。
「もうたくさんだ! 竜興さま、いっそ殺してくれよ!」と、一人の囚人が叫んだ。
「そうだ、そうだ! どうろ……あの『道路』ってやつを作るために、いってえ何十人の仲間たちが死んでいったか」と、別の一人が続いた。
「初めは原始林との戦じゃった……」
やけくそになっている囚人たちの中から、文平(もんぺい)という初老の男が落ち着いた声で言った。巾着(きんちゃく)切り上がりでスリの腕前は見事なものだったが、狙う相手はあこぎな大店(おおだな)の主人などだった。
市井の民の中には文平をこっそりと英雄視している人々もいるのだった。それはこの囚人たちも同じだった。一同は文平の言葉に耳を傾けた。
すると、「文平さん。ご存じのように僕はここへ来てまだ三日目の警部兼医師です。僕は、あなたの話が聞きたい。場合によっては、僕はあなたたちの力になれるかもしれない」
竜興もが静かな声で言ったので、他の囚人たちは、ざわめいた。
しかし、言葉を発する者はいない。皆、竜興のいつも微笑んでいるような優しい目や、囚人たちを一般の土木作業員などと同じように扱ってくれる姿に親しみを込めて、苗字ではなく「竜興さま」と呼んでいた。
そして、今の竜興の正直な言葉に彼らは胸を熱くしていた。