【前回の記事を読む】「岩盤が崩れてくるぞ!」――その時、全身でかばってくれた彼の背に大きな岩が打ちかかった。夜目にも鮮やかな赤い花びらが散った
紅の脈絡
六
一八九一(明治二十四)年、未木田中央道路は完成した。工事に当たった囚人のうち、二百十一名が命を落とした。
その中には、鎖をつけられたまま脱走を試みて捕えられた者も多く、彼らは皆土饅頭と呼ばれる土を盛り上げた墓に葬られ、そこは鎖塚と呼ばれた。
当時の野図町長によって、地蔵一体が建てられたのが、わずかな救いだった。
ある晩のことだ。
「お前さんが生きて刑期を終えられて、あたしゃ、毎朝、神棚を拝んでいるんだよ」
ゆきは、虎太郎のはがねのような腕に、そっと自分の腕をからめた。
「わかっていたさ。お前には苦労のかけっぱなしだが……」
「何だい、歯切れが悪い。もう一苦労してくれってかい?」
「えっ! ど、どうしてわかった?」
「そうでもなけりゃ、こんな夜更けに、鎖塚に行って拝んでこようなんて言わないだろう?」
「お、おう」
「で、今度は何事なんだい?」
「国と、闘う」
「ええっ!」
「ここで死んでいった仲間たちの遺族にせめて、ええと、何ていったかな、とにかく、残された者たちの暮らしが立ちゆくようにだな……」
「お前さん。その話、誰かからんでいるんだね? 相手はどういう人さ。信用できるのかい?」
「おう。俺もいろんな奴らを見てきたからな。相手は代言人(だいげんにん)(今の弁護士)。四日前、蕎麦屋で昼飯を食っていたら、金を払わねえという客が、六人。どっから見ても、ごろつきで、店主も泣き寝入りしかけたんで、俺の出番かと思ったんだが……」
「そこに登場したんだね、代言人?」
「ああ。二十四、五の優男(やさおとこ)なんだが、琉球に渡って身につけたという、空手ってえ拳法で、あっという間に一件落着」
「へえ。自分の身は自分で守る、っていう意気込みだね。危険な奴らばかり相手にしているみたいだねえ。それで、お前さんとは、どこでつながったんだい?」
「へへ、その代言人さんのほうから声をかけてくださったのよ。元東十両筆頭の大虎嘯関さんですよね。僕、子どもの頃からずっと応援していたんです、ってよ」