【前回の記事を読む】月夜の道を歩く竜興兄妹と虎太郎夫婦。変わらぬやわらかな笑顔――「発破だ!」 虎太郎が叫んだ。爆発音は二回、三回と続いた

紅の脈絡

「気をつけろ! 上だ! 岩盤が崩れてくるぞ!」

「きゃあ!」

断末魔のような千鶴の声が響いた。

「千鶴さまあ! そこを動くなあ! うおおおおお!」

猛虎(もうこ)のように虎太郎の大きな体が飛んで、千鶴を全身でかばった。そこに大きな岩が打ちかかってきた。夜目にも鮮やかな赤い花びらが散った。

「お前さん!」

「千鶴!」

二人を案ずる声が、もつれて絡み合った。

虎太郎は背中を真っ赤に染めて倒れていた。その下から千鶴が這い出してきた。

「虎太郎さん! 虎太郎さん! わたくしのために……!」千鶴が泣きながらしがみついた。

「お前さん! 千鶴さまを見事にお助けしたんだよ! 大虎嘯(だいこしょう)、一世一代の大一番だったよ!」

ゆきが涙声で叫んだ。素人目にも、虎太郎の命があと少ししかもたないことがわかった。

「千鶴、こっちへおいで」

竜興が、静かな声で妹を呼んだ。

「お兄さま……?」

「君のにっこり笑う姿は愛らしい。いつまでも、その笑顔を忘れずにね」

「……え……」

千鶴の声が震えた。

「エリス。……唐突だが、ここでお別れだ」竜興が、悲し気な笑顔で頷いた。

「ガイお兄さま……」

竜興は千鶴に背を向け、虎太郎に駆け寄った。

「虎太郎くん」

「た、竜興さ、ま、ゆ、ゆき、を……」

「その心配は無用だよ」

虎太郎のかたわらに腰を落として竜興は言った。