六
「……正直なところ、エンジニアチーム全員が瀕死の重傷を負ったときには、もう二度と故郷の土は踏めぬと覚悟したものですが……」
と船長が片足を引きずりながら言った。ロマンスグレーの、自信に満ちあふれた男だが、今日ばかりは気落ちした表情を隠さなかった。
「すべては、ガイ殿下のおかげでございます」
「それは違うわ、船長さん」エリスはそう応じた。
彼女はレイギッガア特産の柑橘系ワインをついだグラスの中に、兄の屈託を思い出していた。
(お兄さまは、あの集団脱走を企てた五人の囚人の命は、たとえば、虎太郎さんを筆頭に労働条件の改善を求めて反乱を起こすなど、彼らのために使われるべきものであったのだとお思いだったのよ。でも、そうすれば、わたくしたちは故郷に帰る手立てを失っていた……)
エリスはつと立ち上がると、窓辺に寄った。
(いずれ、何かの形で償うつもりだと、お兄さまはおっしゃっておられた……それが、虎太郎さんの命をつなぐことになったのね)
遠ざかってゆく青い惑星を、エリスは熱心に見つめた。
エリスは、船長が気を利かせて、そっと部屋を出ていったことにも気づかず、虎太郎とゆきのことを、ガイとの思い出とともに大事に胸にしまい込んだ。
エリス。君にワインは早過ぎるよ。
ふと、兄に頭をぽんぽんと叩かれた気がした。