「……正直なところ、エンジニアチーム全員が瀕死の重傷を負ったときには、もう二度と故郷の土は踏めぬと覚悟したものですが……」

と船長が片足を引きずりながら言った。ロマンスグレーの、自信に満ちあふれた男だが、今日ばかりは気落ちした表情を隠さなかった。

「すべては、ガイ殿下のおかげでございます」

「それは違うわ、船長さん」エリスはそう応じた。

彼女はレイギッガア特産の柑橘系ワインをついだグラスの中に、兄の屈託を思い出していた。

(お兄さまは、あの集団脱走を企てた五人の囚人の命は、たとえば、虎太郎さんを筆頭に労働条件の改善を求めて反乱を起こすなど、彼らのために使われるべきものであったのだとお思いだったのよ。でも、そうすれば、わたくしたちは故郷に帰る手立てを失っていた……)

エリスはつと立ち上がると、窓辺に寄った。

(いずれ、何かの形で償うつもりだと、お兄さまはおっしゃっておられた……それが、虎太郎さんの命をつなぐことになったのね)

遠ざかってゆく青い惑星を、エリスは熱心に見つめた。

エリスは、船長が気を利かせて、そっと部屋を出ていったことにも気づかず、虎太郎とゆきのことを、ガイとの思い出とともに大事に胸にしまい込んだ。

エリス。君にワインは早過ぎるよ。

ふと、兄に頭をぽんぽんと叩かれた気がした。

 

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