【前回の記事を読む】道路工事で命を落とした200人以上の囚人。彼らの中には鎖を付けられたまま脱走を試みた者も多く…

妖精地帯のマリア

日曜日の朝、翔太郎(しょうたろう)は出勤するため家を出た。秋の透明な光の中、人影はまばらだ。もっと早い時間に家族揃って副都心あたりに向かったのだろう。翔太郎は橋の欄干から我が町を眺めやった。

だんぜん緑が多い。町の西側にはクリーム色の市営アパートが整然と並んでいて壮観だ。東側は戸建ての住宅が思い思いの姿で並んでいる。十五分も歩けば、見るところ遊ぶところがいっぱい、買い物するところもいっぱいの副都心がある。

「ねえねえ、おじさん、戦闘警察(コンバットポリス)のおじさん!」

いきなり制服のベルトを叩かれ、翔太郎は驚いて目をやった。赤いコートを着たかわいい女の子がにこにこしていた。

「何だい、お嬢ちゃん? あ、それよりおれ、おじさんじゃないぞ。お兄さんだよ、まだ二十三歳なんだ。ほら」

翔太郎はヘルメットの風防を上げた。

「わあ! カッコいいお兄ちゃんだあ!」

女の子は興奮して、翔太郎にまつわりついてきた。

「お兄ちゃん、昨夜はご苦労さまでした」女の子は大真面目な顔で敬礼した。

「タイシカンにしのびこんできたキョウアクハンを投げ縄でタイホ、お見事でした!」

「ああ、あの事件ですか」

翔太郎は女の子に合わせて口調を改めた。

「お兄ちゃんは、何人タイホしたのですか?」敬礼したまま、少女は尋ねた。

「はっ。三人であります!」翔太郎も敬礼した。「三人も! すごーい! ピストルとか使わずに、投げ縄だけで!?」女の子の目は尊敬に満ちていた。

(ふふふ、この子、昨夜の刑事ドラマと現実を混同してるんだな)

「ママも呼んでこよう!」

と勢い良く走り出そうとして、少女は戸惑った。

「ママが、いない……」

「え、ママと二人だったのかい?」

「う……ん……」

女の子の目に、みるみる涙があふれてきた。

慌てて女の子を抱き上げて、翔太郎はにっこり笑った。

「大丈夫ですよ。コンバットポリスは迷子の味方。お嬢ちゃんのママは、このおれが探し出してあげますから、安心してください」

「本当? ……でも、ママ……ママー!」女の子はついに泣き出した。翔太郎は女の子を抱いたまま、家業の喫茶店「海風」を目指した。

彩子(あやこ)は「海風」でコーヒーを淹れるのが仕事だった。いろいろな豆を仕入れ、さまざまにブレンドした彼女のコーヒーは、多くのリピーターを呼んだ。

「彩ちゃん、結婚してもここでこうしてコーヒー淹れてくれるんだってね。よかった」

「彩ちゃんのコーヒーも笑顔も、他の店にはないもんな」

と常連客たちは語らった。そこへドアのカウベルが鳴った。

「彩子姉さん。この子、迷子らしいんだ。何を聞いても泣くばかりで、お手上げ」

「や、これは次男坊のコンバットポリスの登場だ」

「こんちは。くつろいでいるとこ邪魔してすみません」

「翔太郎くん、その特撮ヒーローみたいなカッコイイ戦闘服とヘルメットも、泣く子には勝てないみたいだね。何せコンバットポリスといやあ、凶悪犯専門。相手を殺さず捕まえて法の裁きの場に引きずり出す、が信条だからね。正義のヒーローだねえ」

「うふふ。ご苦労さま、翔ちゃん。選手交代ね」そう言うと、彩子はしゃがんで迷子に笑いかけた。