「お嬢ちゃん、ココアを作ってあげるからね。寒かったでしょう、外」

彩子は女の子をカウンター席に座らせると、素早くココアを作って、女の子の前に差し出した。

「うわあ。パンダさんだあ」

ココアの泡が、可愛いパンダの顔になっている。

「お嬢ちゃん、お名前は?」

「まいこ。やまもと、まいこ」

それを聞いた翔太郎はヘルメットのマイクを口元に寄せ、胸ポケットからスピーカーシートを取り出して店の外壁に貼りつけた。

「えー、迷子を預かっております。こちらは喫茶『海風』、迷子のお名前は、やまもとまいこちゃ  」

翔太郎が言い終わらぬうちに母親が店に駆け込んできた。

「すみません。偶然知り合いに会って、ちょっと立ち話しているうちに……」こうして昼間の凡庸な「事件」は一件落着したのだった。

「あら、いやだわ。天井のライトが点滅してる」

彩子はお気に入りのガラスのつけペンを机に置いて立ち上がった。

「五、六日前に光太郎兄さんにつけ替えてもらったばかりなのに……」

自分で新しい電球と交換しようかと思ったが、高いところは苦手な彩子だった。

(お父さん、手が空いているかしら?)

喫茶店はもうとっくに営業を終えている時間だ。

(光太郎兄さんは今日、当直だと言っていたし……)

彩子が電球交換を父に頼もうと決め、自室のドアを開けたときだった。階段をぎしぎしと軋ませながら上がってくる音がした。

「翔ちゃん、お帰りなさい!」

「やあ、彩子姉さん。ただいま。昼間はありがとな。ん? どうかしたのかい?」

「ええ。部屋のライトが点滅しちゃって」

「ああ、それぐらいおれが見てやるよ」

翔太郎は制服のまま彩子の部屋に入り、椅子に乗った。

「ちょ、ちょっと、翔ちゃん。銃まで持ち帰っているの? 昨日のTVドラマ『特命係の二人』で見たのより小さいみたいだけど。その銀色の……」

「ああ、これはパラライザー。相手を麻痺させるやつ。昨日のは、番組を作る人たちが大きいほうが迫力が出るって言って、小道具さんに作ってもらったそうだよ。ま、実際はこのサイズだけど誰でも手に入るスタンガンより強力なんだ」

「へ、へえ……」

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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