僕がもっと早く生まれていれば、あの法廷で代言人としてあなたを無罪にできたものを。それが悔しくて。
代言人は、拳を握りしめてそう言ったのだった。その後二人は、いろいろ話し込んだという。
「ふうん……」
「国と闘う……返事は明日することになってる」
「また命がけだね。お前さん、迷っているのかい?」
「ああ……。あと一歩のところでな。情けねえ……」
「情けなくなんかないよ。誰だって、怖……ひっ!」
「どうした!」
「お、お地蔵さまが、に、二体になってるよ!」
「ほ、ほんとだ。誰か、信心深い人が、建ててくださったに違いねえ」
「花も供えてある……あ、ね、お前さん、この花! この花、千鶴さまが身に着けていらした『レイギッガアの翼』……」
「ああ、違いねえ!」
「いったい、いつの間に……。不思議なご兄妹だったからねえ。……なぜだか、他の連中は、竜興さまのことも千鶴さまのことも、記憶にないなんて言っているけど……」
「ああ。だが、千鶴さまは確かにいらっしゃったんだ! そして、竜興さまも確かに……。この俺に、ご自分の命を注いでくださったんだ! このお地蔵様は、きっと千鶴さまからの激励だ! ゆき! 俺はやるぞ!」
虎太郎は吠えるように叫んだ。身の内側から、もう一つの力が湧き上がってくるのを、虎太郎は感じた。
「はいよ! あたしもいっしょに闘うよ!」
「お二人とも、くれぐれもお気をつけて……」
バルコニーに立つ、ドレスをまとった影が、片手の中のコンパクトビジョンを見ながら呟いた。
「陛下、こちらでしたか」
「爺や、『陛下』は早過ぎます」
「これは、先走りまして、エリスさま」
福耳が目立つ老侍従が、頭を下げた。
「女王であるお祖母さまが、わたくしたちの留守の間に、お亡くなりになっていらしたなんて……」
「心の臓の発作にございますれば」
「王となるべきお兄さまは、地球で虎太郎さんに命をつないで……」
そこへ司祭がしずしずとやってきた。
「戴冠式のお時間です。エリス・千鶴・レイギッガアさま」
「はい」
エリスは歯切れよく応えると、はきなれた乗馬ズボンとは勝手の違うドレスを両手でついと摘まんで、裾をさばきながら堂々と歩き始めた。
(完)
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