「聞いてくださるか、竜興さま」文平は頭を下げた。

「ここはのう、太古から誰も手をつけていなかった原始林じゃった。いや、呼び名は原始林じゃが、実際は原始の森と言ったほうが当たっとります。そこへわしらぁ斧一丁持たされて突っ込まされたんじゃ」

「よく斧を武器に蜂起しなかったね?」竜興が同情を滲ませた声で問うた。

「そりゃあ無理ってもんです。巡査や看守は皆サーベルを下げているし、中の何人かは鉄砲まで持って見張りをしてますんで。原始林との戦が終わったら、戦死した仲間たちを弔う時間も、休む間もなく、今度は土砂との格闘だ。天秤棒を担いで、限界まで土砂をのせた籠を前と後ろに吊って……」

そう言う文平たちの天秤棒を担ぐ右肩には、血の染みが黒くなってこびりついていた。

「わしら、人間扱いされてねえんでさ。ええ、ええ、わかっていますとも。わしら、みぃんな罪人じゃ。人を殺(あや)めた奴もいる、押し込みを働いた奴もいる、女を犯した奴もいる……。けどね、竜興さま。逃亡を防ぐと言って、隣の奴と鎖でつながれるなんて! 鎖にゃ、重い鉄の球がついていて。足枷は、擦り傷どころか、肉に食い込んで……」

「うむ。あれは危なかった」と、竜興が大きく頷いた。

「そうですじゃ。竜興さまが、邪魔する看守や巡査を払いのけて素早く手当してくださったで、ヤスの奴、監獄の病院で手術っちゅうのを受けて命を取り留めたんじゃ!」

囚人たちが目を潤ませながら竜興を見た。

「医師の目から見るとここはひど過ぎる。すぐに上席(じょうせき)にかけあったのだが、僕が臨時雇いのせいもあって、まったく聞き入れてもらえなかった。僕の非力を許してくれ」すると文平が、

「竜興さまが謝ってくださる、ご自分は少しも悪くねえのに。もったいないことでさあ。それより、こうなったら逃げようがねえ。わしはこの命、竜興さまにさし上げます。逃亡の現行犯として、斬るなり撃つなり、お好きになさってくだせえ。わずかじゃが、竜興さまの手柄になると思えば、死にがいがあるってもんでさあ」

そうだそうだ、竜興さまに殺してもらおう! そんな声が監視小屋の中を埋めた。

この当時、日本全国の監獄は、どこもかしこも満杯だった。囚人の食費代が、監獄の予算を圧迫していた。だから、囚人が死んでくれると、ありがたいのだった。

だが、ここでは人手がいくらでもほしいから、何人か死ぬと急いで求人を呼びかける。すると、ぜひ当監獄からと名乗りを上げる監獄が続出した。囚人の食い扶持を少しでも減らせれば、助かるのだった。

「それほど辛いのか?」竜興は溜息をついた。

 

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