紅の脈絡

「や、おまたせした。典獄(てんごく)(刑務所長の旧称)殿が多忙でな。かわりに本官が面談する。……ん? 警部一人かね?」

工事現場に勤務する警視が、竜興の前に現れた。

「はっ、警視庁より派遣されました、警部・鈴木竜興であります。なお、それがし、医術の心得もございます」

「おう、これは心強いな」

警視は竜興が提出した紹介状や書類に目を通して、満足したようだった。

「もしもし、そこのおじさん。隙を見て逃げるおつもり?」

と、千鶴は囁いた。千鶴は片手にスケッチブックと色鉛筆、もう一方の手には乗馬鞭を持っていた。明け方の景色を描こうと宿舎を出てきたのだった。千鶴と竜興は、看守官舎の一室を借りて、二人で住んでいた。

大きな岩に腰を下ろしていた大男が振り返って、岩から滑り落ちた。

「へ、あ、あっしのことですかい!?」

汚れた囚人服を着た大男は岩に抱き着いた。

「ご、ご冗談はやめてくだせぇ! に、逃げようなんて大それたことはこれっぽっちも考えちゃあおりません。あっしはここで、竜興さまの診察を待っておりますんで」

「あら、そうでしたの。でも、どうして救護小屋で待っていらっしゃらないのかしら?」そう言いながら、千鶴は手にした乗馬鞭を振り上げた。

「待って、待ってください!」