汚れ切った囚人服に清らかな花びらが散りかかるように、華奢な女が飛び出してきて、男をかばうようにしがみついた。

「うちの亭主は脱走しようなんて考える人じゃありません!」

「ゆき! 危ねえから、離れてろ!」

「危ないのは、あなたもゆきさんもわたくしも同じ、このヤブ蚊の集中攻撃を受けそうなのよ」

千鶴は振り上げた鞭で、ぱっぱっぱっとヤブ蚊を払った。鞭の先端で朝日が弾けた。

「千鶴。また何かトンチンカンなことを言って、人を困らせているんじゃなかろうね?」

不意に清涼感のある声がして、千鶴は動きを止めた。

「あ、竜興お兄さま」

「えっ、ご兄妹?!」

虎太郎とゆきが同時に叫んでいた。

「千鶴。念のために説明するが、その人は夜間工事で足首を痛めたんだよ。だけど、そこの救護小屋の待合室が満員でね、ここで待っていてもらったんだ」

千鶴は、ぺろっと舌を出して大男に謝った。

「そ、そんなもったいねえ。お、お妹さまが勘違いなさるようなとこにいた、あっしが悪いんで。そのうえ、ヤブ蚊を払っていただいて」ゆきもかたわらで、ぺこぺこと頭を下げた。

竜興は大男の足首の具合を診た。

「捻挫だね。悪いが、ここで治療させてくれ」

「へい。手当てしていただけるだけでも、もったいねえことで」

「それにしても、せつないわねえ。この周辺には、ゆきさんみたいな境遇の女(ひと)たちが、一目連れ合いの姿を見たいと、監視の目に怯えながらも日参しているんでしょう?」

千鶴が、大人びたことを言った。