第一章 新生
プレノワールの領主カザルスは、世間では“変わり者”と評判だが、そう称されるのは、彼がある意味、非常に柔軟な価値基準を持っているからだ。
優れて珍しいものであれば、彼は洋の東西も貴賤(きせん)の区別もなく、身辺に人や物を集める。イダはそんな彼が招き入れた、ちょっとこの辺りでは見かけぬ異邦人の老医者だ。
どこで生まれてなぜこの地に辿り着いたのか、聞けばきっと面白い経緯(いきさつ)があるのだろうが、それを詳しく知る者はいない。
生まれつき動かなかった女の片腕をちょっと揉んだだけで治したとか、大きな痣を何の痕跡もなく消したとか、巷で噂になっていた旅の医者を、まだ若かりし頃のカザルスがぜひにと乞うて引き留め、かれこれ三十年もこの城内に庵を構えさせている。
イダは、些細な刃傷事件がきっかけでシルヴィア・ガブリエルと知り合うことになったが、それはまさに運命の引き合わせというものだ。
彼の正体を疑ったイダは間違いなく、彼が最初に遭遇した敵になるはずの人間だった。だがイダは、そんな彼に「儂(わし)を味方にせい」と思いがけない言葉をかけたのだ。
そこにどのような事情があったかはイダのみぞ知ることだが、彼は知り合いのような顔をしてシルヴィア・ガブリエルをこの庵に住まわせ、秘密を堅く守りながら、残り火のような彼の命を支え続けた。
そんなイダも昨年の冬、凍てついた道で転んで腰を打ち、そのあとは床についたままの暮らしを余儀なくされていた。今は、ヴァネッサの村で施療院を任されていたリリスという青年が面倒を見て、生活をともにしている。