石や柵(さく)できちんと仕切り、誰が見ても間違うことがないように、それぞれにはちゃんと名札まで立ててある。
今はリリスが手入れをしているのだろうけれど、やり方はおそらくイダから踏襲(とうしゅう)したものだろう。物凄い形相とバルタザールは言うが、この庵から受ける印象はその言葉からはほど遠い。
「この庵はいつも鍵などかかっていないんだ」
そうラフィールに教えたバルタザールは、戸を叩かずにそっと小さく押し開けた。イダが居眠りでもしていたらと気遣ってのことだろう。横着そうに振る舞うのはこの人流の照れ隠しで、実は意外に細やかな配慮をするのだと、近頃のラフィールは気づいている。
覗いた庵の中から、珍しくイダの声が聞こえる。見ればいつもの背もたれ椅子に沈んだまま、リリスが庭で摘み取ってきた薬草の葉や乾いた根っ子を胸元に広げて、その効用や使い方を彼に伝授している最中だった。
顔だけ覗いているバルタザールに気づいて、リリスが入ってこいと嬉しそうに合図した。ラフィールには随分と親しい間柄のように見える。
「どうせ昼間から居眠りばかりしているのだろうと思ったが、えらく元気じゃないか。その分だとくたばるのはまだまだ先のようだな、イダ殿」
扉を大きく開け放つなり、辛辣な言葉を浴びせるバルタザールに、椅子の背からちらっと皺だらけの老人の顔が覗いた。
「馬鹿たれが!」
しゃがれた声でそう吐き捨てる老人の顔には、それでもどこか嬉しいような親しみの表情が浮かんでいた。
【前回の記事を読む】僕らはやっと外に出られるんだ! そう歓喜した日、村を解放するために戻ってきた兄ガブリエルの姿が神々しく、今も心に焼き付いている
次回更新は11月25日(月)、18時の予定です。