「聞いてエゴル。あいつは、きっとそのうちあたしのことを思い出すわ。その前にあいつがこないところまで逃げなきゃだめなのよ。お願い、あんたにしか頼れないわ」いつも生意気なキーラが、今ばかりはまるで子鹿のように見えた。
「そりゃたしかに、自治県まで逃げればわざわざ追いかけるやつもいないだろうけど、まあ、もうちょっと冷静になれよ。それはいざって時の話さ。そうなりゃ俺もなんとかしてやるよ」
彼女に頼られて、ついつい気持ちが大きくなった。何ができるわけでもないのに、相手が小さく思えたとたんに一転、任せておけという態度になるのはエゴルの悪い癖だ。
「だけどお前、そんなにびくつくってことは何かまだ俺に隠しているだろ。それを聞かなきゃ俺だって手の貸しようがないぜ」
キーラはマニキュアをした爪をいじって返事もしない。黙否(もくひ)を通そうという顔だ。
「まあ、今はまだいいさ」
エゴルはエンジンをかける。戻っていいな、と身ぶりで問うと、キーラは不満そうに重たげな睫毛(まつげ)を一度またたかせた。
ところがそれから八日目のことだ。エゴルが朝のバスの運行を終えて村へ戻ると、食料品店の前にまたあの黄色いスポーツカーが止まっていた。キーラはもう今朝のバスで出かけたから大丈夫だが、店主がうっかり彼女のことでも喋りはしないかと心配で、エゴルは買い物を装って店の中に入った。
顔を出すと、店主は、ああ助かったと言わんばかりの表情で彼を迎えた。
「やあ、運ちゃんのにいさん、いいところにきてくれたぜ。この親父さんときたらよそ者には不親切でさあ、はっきりしねえんだよ」
ふりかえったジョジョは旧知の間柄のようにエゴルに声をかけた。
「ニコの養子のことが知りたいんだ」
カーシャのことか。エゴルにも店主の困惑顔のわけが吞みこめた。
「おいおい、別にそいつを獲って食おうってことじゃないんだぜ。この間な、捨て子だったって聞いたからよお、それを俺の知り合いに話したのよ。そしたらな、その人がもうちょっと詳しく知りたいって言うのさ。今、いくつになるんだい、そいつは」