と母親が台所で言い返す。よく通る大きな声だ。

「鐘が売り払われてたなんて、カーシャもびっくりしただろ」

余計なことを話題にする母親に顔をしかめ、エゴルは気にするなとカーシャに目くばせした。

「お父ちゃんが取り戻してくるもん」

パイを頬ばりながらめずらしく受け答えするカーシャに、エゴルはそうだなとうなずいた。

「ニコも馬鹿なことをしたもんだね。よりによって商売女なんかに引っかかるなんてさ」母親の独り言を聞いてエゴルは台所へすっ飛んでいった。

「しっ! 聞こえるじゃないか」

「何が! 本当の話だし、第一、あの子にそんなことわかりっこないよ」

「ニコの悪口かどうかくらいわかるさ。ああ見えてたって、ここはちゃんと傷つくんだよ」

エゴルはカーシャの方を気遣いながら、胸のあたりを叩いて声をひそめた。

母親は典型的な田舎の女だ。内に向かっては大らかで、体型と同じく太っ腹なところがあり、面倒見のよさでは人に引けを取らないが、外に向かってはその裏返しで、思い込みが激しく攻撃的だ。

たとえばそれは同じ村の中にあっても言えることで、仲間うちと見なせば親切だが、対立するとなればなんの遠慮もなく打ちのめす。まるで引くことを知らない戦車のような女だ。そんな母親に、エゴルは子どものころから後ろめたく、はらはらすることがあった。

息子から意見されて、母親としてはちょっと収まりが悪い。ふん、と鼻先で返事すると矛先を変えてきた。

「お前もさあ、悪い女に騙されるんじゃないよ。あんな理髪店の娘なんか、母さんは大っ嫌いだからね」

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次回更新は11月10日(日)、21時の予定です。

 

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