第1章英語教師は英語をどう教えているのか
第2節 教師の話し方について何がわかっているのか
第1項 インストラクショナル・スピーチ(IS)研究とは何か
IS研究は、1970年代以降、世界中で多数の学習者が必要とする英語の獲得を目指していた欧州や米国で台頭したコミュニカティブ教授法の一分野から発展してきました1,2,5,8,10,11,12,13,17,20,24,30,31,38。
その後、世界がよりグローバル化するにつれて、教師の母語(第1言語)と外国語(第2言語)によるバイリンガリズム(2言語インストラクション)が、認知的、情緒的、社会的に外国語学習に少なからず影響をもたらしていることが徐々に明らかとなり、欧米やオセアニア、東西アジア諸国などの国と地域でIS行動の研究として続いています6,9,14,15,16,19,22,26,27,28,34,37。
IS研究では、前節でも述べた通り、学習者の母語と目標となる英語(その他の言語を目標言語とする場合も含む)の2言語の発話の役割を効果的に引き出す、最適なISの選択的行動(ISによるバイリンガリズム)がどのようなものであるか、という課題の解明が第一義的な研究課題となります7,22,32,34,35,36。
教育におけるバイリンガリズムの問題というのは、例えば、欧州や米国の移民社会に見られるように社会が文化的に多様化すればするほど複雑になりがちです。
しかし一方で、英語を第2言語ではなく外国語として教える教師のIS行動の在り方をめぐっては、その基本的考え方において研究者間で意見が対立しています3,4,7,21,29,32,33。
バイリンガル(2言語)社会である欧州とモノリンガル(単一言語)社会の日本とでは社会の在り方が異なるのでその違いが結果的に双方の社会へ及ぼす影響を異なったものにします。
社会が外国語教室にもたらす影響には、環境的、能力的、教育的側面など様々な要因が含まれますが、日本人教師のIS行動に影響する主要な要因の一つとして、教師と学習者の双方に母語依存の問題が存在することを取り上げる必要があります9,19,32。
なぜなら、教師の母語と大多数の学習者の母語が共通する言語環境(単一言語環境)においては、母語依存傾向が欧米などのバイリンガル社会(あるいは複言語社会)よりも大きくなる傾向にあるからです18,23。
これにより、賢明なIS行動の在り方についての解釈の違いや、母語依存が状況に応じてどこまで許容できるのか(バイリンガリズムの程度)に関する見解の違いが研究者間に見られることとなります3,21,25,39。
一例として、ここで2001年にカナダの英語教育ジャーナル、The Canadian Modern Language Review誌上で繰り広げられた誌上討論を見てみましょう。
この討論では、まずCook(2001)という研究者が、学習者と共有する母語(ここでは英語と同じ欧州言語である仏語)の教師の使用を全面的に認めるべきであると主張しました。
一方、Turnbull(2001)は、これに真っ向から反論しており、教師の母語行使は全面的に禁止すべきものではないが、かといって過度の依存による学習動機の減退や英語接触機会の剥奪のリスクは避けなくてはならず、コミュニケーションスキルの向上のための補助的で賢明な母語行使への覚悟と責務を教師は負うべきであると主張しました7,32。
この論争は、生活言語を英語と仏語で社会的に二分するカナダの歴史的バイリンガル環境を反映したものですが、文化的にまた言語的にもカナダと異なる日本の教師のバイリンガリズムにおける母語依存問題を考える上でも大いに参考になるものです。