はじめに

本書は、私が博士号(学校教育学)を取得した2022年の博士論文を一般読者向けに書き直したものです。これは、日本の学校を職場とする日本人英語教師の心理と行動に関しての研究です。

表題に英語教師の「話し方」とあるように、英語で教えることと日本語で教えることの本質的な違いに着目し、とりわけ、日本語と英語の2言語行使(これを本書ではバイリンガリズムと呼びます)に特徴づけられる日本人英語教師のユニークな職業的行動原理に焦点をあてています。

また、日本語が英語学習に与える認知的な意義や、教室におけるその社会的影響にも踏み込んでいます。

本書を書いた動機について、この本は学習者や英語学習について書かれているわけではありません。それに、これは英語の教え方を具体的に提示する指南書という性格の本でもありませんし、将来の日本の英語教育はかくあるべきだという主張を展開している本でもありません。

本書の内容は、私がこれまで教師として経験してきたことや生徒や学生との交流を通じて自分で肌身に感じたことを契機としています。様々な悩みを抱え、教室で2言語を駆使しなければならない職業的バイリンガル話者としての、一種独特な英語教師の在り方がどうあるべきなのか、教師仲間と共に日々模索し行動してきた教育研究者としての一つの到着点を一般の方にもご紹介したいという思いで執筆しています。 

日本ではバイリンガルというと幼い頃から家族や周りの環境によって日本語と英語などの外国語を流暢に喋る能力が身に付いた、いわば憧れの混じった特殊性のことを指しますが、本書で述べているバイリンガリズムとは学校における母語(第1言語)と外国語(第2言語)の2言語による英語教師のプロとしての職業的支援のことです。

日本では2009年以降、英語の授業で原則として英語を使うことが求められるようになりましたが、この理由が何なのかはさておき、いきなり日本語をゼロにすることができないのは教師も国もよくわかっています。日本人教師としては母語の日本語をおいそれと手放したくはないのが人情です。

ですから、日本語を母語とする全ての英語教師は、これを洗練させる必要に迫られた職業的バイリンガルだと考える必要があります。私は、本書を通じて、職業的バイリンガリズムの考え方や、教授行動のダイナミズムに関する本論文の成果を、多くの英語教育に関わる教師や教師を育てる立場の方々に納得のいく形で科学的に提示したいと考えました。