はじめに

最後に、本書の特徴を2つご紹介したいと思います。第1の視点は、英語授業の中に存在している母語(日本語)を振り返ってみてはどうかと主張している点です。学校で英語に触れながら自然と英語が話せるようになれば誰もが嬉しいに違いありません。

しかし実際には、教師にも生徒にもこれがなかなか難しいことです。多くの日本人が外国語を使うことを知りません。物事の意味とは、日本語に直してみて初めてわかるものだと信じて疑わず、そこから抜けられません。学校の英語の授業時間は限られている上、教室で普段話しているのは日本語です。日本語ネイティブ同士が英語で話すことはまだまだ普通のことではありません。

それは、日本人が日本語を脱着する術を知らず、ある程度の訓練と習慣づけなしにはそれができないからなのです。加えて、日本では英語授業であるにもかかわらずなぜか日本語で話すことがまるで空気を吸うように当たり前の前提となっています。

こうした学校社会の前提である母語環境は、日本にいる限りは誰もが振り返る必要も無いことだからこそ、「バイリンガリズムの英語教授」注[1]にとって手強いのだと言えます。

他方、ChatGPTに代表される生成AI(人工知能)の波が学校にも急激に押し寄せてきました。英語学習における翻訳や文法解説を得る手段を学習者自らが自由に選択可能となり、これまでの外国語学習環境が驚くほど一変しています。世界中の全ての人々が英作文や翻訳の作業をそうした生成AIへと任せられる時代が到来しました。

教師の仕事の一部がAIによって淘汰されることが社会的事実となる日が近い将来にやってきます。こうした背景からも、教師が無意識に使っている日本語の機能のどこをどのように意識して洗練するべきなのか、学校でも早急に考えていく必要があることがわかります。

教室で話される英語と日本語は、異なる機能を備えた様々な教育的資源として分けることができます。それらの機能をよく調べ、限られた時間の中でより効率的に日本語と英語を使うことで、初めて英語を使い、英語で物事を考える時間ができ、目標である英語処理能力をより向上させられるのです。

ところが残念なことに、これまでの英語教育はそういった疑問や課題にきちんと科学的に答えてくれてはいません。

本書のキーワードの一つである「インストラクショナル・スピーチ」とは、客観的見地に基づいた日英の機能的バランスが取れた教師の発話のことを指し、日本語では「教授発話」と訳されます。この教授発話の最適化が、AI社会の今日的課題とも相まって、本書のメインテーマの一つとなっています。