実家は米農家だが、いきなり高校を中退して乗馬倶楽部を始めると宣言した。

そのきっかけは、知り合いの農家が飼っていた馬が役立たずだという理由で二束三文で売りに出されたことだった。買い手がつかなければ命の保証はなかった。

餌もろくに与えられず、古い畳を齧(かじ)って飢えをしのいでいた栗毛の馬は、痩せこけてあばら骨も浮いて見えるほどだったらしい。

健太さんは、それを見るなり小遣いを全部はたいて栗毛を買い取り、そのままうちに連れて帰った。

「よしよし、お前は本当にチビだなあ、かわいそうに」

その日からチビと呼ばれるようになった栗毛は、飢えに苦しんだ記憶を払拭(ふっしょく)するように与えられる牧草や飼料を食べることに命をかけ、チビどころか倶楽部で一番肥えて、一番長寿を誇る馬になった。

悪戯(いたずら)好きで夜中に馬房(ばぼう)の柵を鼻面(はなづら)で持ち上げては開けてしまうが、健太さんに心服しているチビは一向に逃げ出す気配はない。

健太さんは渋る親を説き伏せて農地を一部譲り受け、狭い馬場をひとつだけ作った。

馬も乗馬もまったく知らなかった彼は、近所に住んでいた厩務員(きゅうむいん)の今井さんを拝み倒し、馬に関するイロハを教えてもらった。

独学で馬術も倶楽部の運営も学び、六頭の馬を擁する乗馬倶楽部に育てたというからすごい。

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