僕と雪女

1 仲馬倶楽部(なかまくらぶ)

「お兄ちゃんもお祖父ちゃんも糖質制限しないとやばいんじゃないの。二人とも好きなものしか食べないんだから。運動もしないでさあ」

「うまいものはうまい。カロリーなんて考えたこともないよ。チキンは? フライドチキン?」

「いいえ、ローストよ。サラダもたっぷり。あなたの好きなキッシュも作ったし、お祖父ちゃんの大好物の里芋の煮っころがしもあるわ」

里芋? 取り合わせとしてはフライドポテトがてっぱんじゃないかと思ったが、家中に漂っている涎(よだれ)の出そうないい匂いに文句をつける気はまったくない。

「お願いね。さっきの電話で聖也が行くと伝えたら嬉しそうだったわ」

「お母さんたちはどうするの?」

「それがね、私も真理亜も今年はイブミサのお手伝い係だから、早めに教会に行かないといけないのよ。昼過ぎには出かけるわ。それとカサブランカを持っていくの忘れないで。お祖母ちゃんにお供え」

「そうなんだ。分かった、任せて。ほんとに雪が降りそうだから早めに行くよ」

母も妹も敬虔(けいけん)なカトリック信徒だから、教会のお役目は最優先だ。僕も彼女たちのお供を命ぜられたときは一緒に教会に行っている。

ブラインドのスラット(羽根)を上げて窓を開け、外を覗いてみた。空はどんより曇って、予報通り今にも雪が降りそうだった。冷たい空気にすっかり目が覚めた僕は、ノルディック模様のセーターと厚手のワークパンツに着替えた。

父の形見の登山用の服は大のお気に入りだし、これに防水性のあるマウンテンパーカーを重ねれば雪の日の外出着としては完璧だ。

案の定昼過ぎから降り出した雪は、大きな雪片となって小止みなく舞い落ちてくるようになった。

僕は母と妹を教会まで送り届けたついでに、聖堂(せいどう)に飾られた聖家族の真ん中に眠る幼子イエスに「やあ、頑張ってるね、寒くない?」と声をかけ、いそいで四ツ谷駅に向かった。

東京の雪は水分を多く含んで着地するはしから溶けていくことが多いが今日は一向に溶ける様子はなく、道路も歩道も葉を落とした街路樹の枝も既に白かった。駅ビルのイルミネーションも寒そうだ。 

(珍しいなあ、イブに大雪? 東京でホワイトクリスマスなんて滅多にないのに。これも異常気象のせいかな。交通渋滞が大変なことにならなきゃいいけど。降雪は東京のウィークポイントだ。何年か前に首都高の山手トンネルが不通で九時間以上も車が閉じ込められちゃったことがあったよな。電車が止まらないうちに急がなくちゃ)

僕はイルミネーションを見てはしゃいでいるカップルを尻目に、およそロマンチックとは程遠い想念を抱きつつ大きな荷物を抱えて駅に向かって歩いた。滑らないようにするだけで精一杯だった。大事なご馳走を放り出したら、それこそ大変だから気が気ではない。