はじめに
「どうして小説を書きたいの?」
友人に必ず聞かれる質問です。幼い頃体調を崩しがちだった私は読書が大好き。一番好きな本はジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』。
主人公ジルーシャの屈託のない口調で語られるストーリーを読むたびに元気を貰いました。ロマンス小説にも共通する魅力がある、と翻訳を通じて気が付きました。
純文学でも硬派な社会派の小説でもない、童話のようなサクセスストーリーは意外なパワーを持っています。読む人に勇気と安堵感を与え、小さな自己肯定感が人生を輝かせるのです。
私の年齢になれば人生の手痛い失敗も輝かしい成功も、その経験値はそれこそ超プロ級。どんなに辛くても、気が付けば目盛りは大きくプラスを指している、それを実感してきました。だから、不安も孤独も吹き飛ばして大好きな自分に会いに行こう!
そんな元気な主人公の物語を書いてみたら? それが単純な私の答えです。この三篇はそれぞれ私が大好きな場所を舞台に体験した感動から生まれました。
◇僕と雪女
小泉八雲の『怪談』に登場する「雪女」に私たちの持つイメージは、色白で長い黒髪、恐ろしいほど美しい女。
日本の民話の主人公だと思われていますが、原典となる民話は無いそうです。小泉八雲がアンデルセンの『雪の女王』などの西欧の伝承に影響を受けて創作したのでは、と言われています。
美しさへの憧憬、死への恐れ、愛と献身、そして突然の切ない別れという人生の不可避のテーマを凝縮した幻想的なメッセージです。
少年聖也が初めて味わう深い悲しみと自責の念。やがて成長した彼がそれを克服し、愛と未来への希望を取り戻すためのキーワードが「雪女」でした。
参考文献 常葉大学英米文学部助教授 那須野綾子先生講演時資料
2023.09 常葉大学一般講座 2023.11 焼津小泉八雲記念館講演(静岡市主催)
◇遅い返信
等身大の自分を描きました。長い経験を積んだ仕事からの退職は想像以上に喪失感の大きい経験です。退職、子供の巣立ちなどをきっかけに、今まで当たり前だと思っていた日常が奪われた狼狽。
社会のどこにも自分のアイデンティティーを見いだせなくて鬱になりかけたこと、ありませんか?
まさにそんな時、数十年前に貰ったラブレターを発見しました。コロナ禍で人との距離が遠のいていく中、優しいハグの温もりを思わせる手紙に故郷の美しい自然が蘇ります。それは「私らしい私」への応援歌になりました。
◇片脚のマリオネット
バチカンからルルドへのカトリック巡礼の旅は実際に辿った道です。巡礼の意味は神に祈り、自分を見出し、そして戻って伝えること。娘を亡くして乗り越えられない試練に苦しんでいた私は自分の辛さにしか思いが至りませんでした。
ところがその身勝手な自我は、旅の最後の教会でのコンサートで耳にしたバッハの曲に粉々に打ち砕かれました。「立ち直ってみせる」、湧き上がる強い思い。それは身体にも心にも傷を負った主人公麗子が取り戻した力です。
自分の夢と未来、そして支えてくれる人々を信じる心です。