僕と雪女

1 仲馬倶楽部(なかまくらぶ)

乗馬の世界はかなり縦社会の構造が色濃いといわれている。だから、健太さんのような素人が取り組むには、並大抵でない努力と知恵が必要だったろう。しかもその原動力が見捨てられたチビへの義侠心と愛情だというから、祖父が入れ込むのも当然だ。僕の知る限り、健太さんの言うなりにならない馬はいない。

仲馬倶楽部にはチビの他に個性豊かな五頭の馬がいた。三頭は成績不振で競走馬を引退した倶楽部の所有馬だ。およそ競争心や闘争心を欠いていて、持って生まれた運命と立場にふさわしい人(馬)生観は一ミリも持ち合わせていない。プライドだけは高いので僕たち子供には扱いにくい馬たちが、健太さんだと仔犬のように従順になる。

素晴らしく脚の長い黒鹿毛(くろかげ)のバロンはバネが素晴らしく、黒い鬣(たてがみ)が哲学者のように深遠な瞳を隠している。その乗り心地は乗り手を夢見心地にさせる。ほっそりした美しい牝馬(ひんば)の鹿毛、ハッピーはバロンが大好きらしい。「人前であられもなく走るなんて」と思っているかどうかは不明だが、馬場に出るとバロンの傍を死守することに没頭するので、なかなか扱いが難しく初心者は乗りこなせない。

葦毛(あしげ)のクーカイは悟りすました僧のように半眼に閉じた目でゆっくり歩く。走ることに意義を見いだせず見切りをつけたのだろう。しかしなぜか、障害飛越(しょうがいひえつ)への情熱は別物だ。健太さんが跳ばせると鼻の穴を膨らませて苦もなく高いバーを跳び越える。試練と障害は福音(ふくいん)である、と信じているにちがいない。