僕と雪女

1 仲馬倶楽部(なかまくらぶ)

馬房の掃除や馬たちの世話を手伝ったご褒美として、僕たちは時々河川敷に走りに連れて行ってもらった。それは最高の楽しみだった。

どこまでも青く広がる夏空にぽっかりと綿のような雲が浮かび、川面(かわも)を渡る涼しい風がおでこに張り付いた前髪を吹き乱す。バネ力のあるバロンの長い脚が生み出す乗り心地は、まるで雲に乗っているようだと言って、恭ちゃんは大喜びで叫んだ。

「ぼくは孫悟空さまだぞー」

アートも、狭い馬場より開けた河川敷が断然お気に入りだった。僕が喉が渇いて持参したスポーツドリンクを飲むときは、こっそり手のひらに溜めてアートにも飲ませた。手のひらまで舐めまわすアートの舌の感覚がたまらなくこそばゆかった。

ハッピーと有紀ちゃんはどちらも綺麗で、既に写真を撮りに来るファンができていたから、健太さんは土手に寝転がってのんびり雲を眺める暇もなく、あたりに目を配っていた。だけど、僕たち三人にとっては夢のような幸せな時間だった。

二人が倶楽部に入って二年目の夏、健太さんが思いがけないことを言い出した。

「お前たちな、三人とも大会に出てみないか? 夏休みの終わりに成田の乗馬倶楽部が主催する大会があるんだ。初心者枠もある。馬場の初級ぐらいなら挑戦できるだろ」

「えーっ! 大会! 大変だあ」

お父さんが勤務している大学の付属中学受験を控えた恭ちゃんは勉強が忙しく、練習時間が取れないという理由で両親から参加は辞退すると言われ、半べそだった。有紀ちゃんと僕は三人一緒でなきゃいやだと猛烈に抗議したが、恭ちゃんは自分の分まで頑張ってね、と言って泣く泣く諦めることになった。

その夏は、朝早くから日が沈むまで健太さんの指導で有紀ちゃんと二人、毎日猛練習に励んだ。

「聖也くん、サンドイッチ作ってきたよ。卵サンド好きでしょ?」

「今日はおにぎりだよ。鮭とタラコ、どっちがいい?」

有紀ちゃんは毎日お弁当を作ってきてくれた。それはとっても美味しくて、普段は小食な僕でもいくらでも食べられたから、ハードな特訓も苦にならなかった。それよりなにより、僕は有紀ちゃんと一日中一緒にいられることが嬉しくてたまらなかった。