すると、最前席に座っていた知事が急にバスのマイクを取って、「皆さん、国際会議場の壁は松葉工業さんの製品ですよ。そうですね、松葉さん」と後部座席に座っていた松葉の方を振り返りながら言った。

咄嗟のことに、松葉は「エッ、ハ、ハイ」と言うのが精一杯であった。

知事がそんなことを知っている筈がない、と松葉は思った。松葉は、まだ知事に直接そんなことを話したことはなかった。話す機会はあったのだが、初めての輸出であったし、まだまだ今から輸出のチャンスはあるだろうから、それからでいいと松葉は思っていた。

しかし、担当者が既に知事に耳打ちしていたようだ。と松葉はその気配りに感心した。そんなエリートの県の職員が工業の発展を期そうとしても如何ともしがたい壁が大きく立ちはだかっていた。

政治の目が、常に第一次産業に向けられている中での工業政策は、自ずと限界があるように思えた。そのことを理解してあげなければならない、とも思っていた。

中小企業しかないといっていいほどのこの地において、またこれといった産業の育っていないこの地域をリードしていくことは至難の業といっていい。

とはいっても、一方では商工を振興し、地域を活性化していくためには、積極的な企画、立案、そして行政指導は欠かせない。

それらのことを理解してか、県の担当者は必死に問題解決に取り組んでいた。

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次回更新は8月16日(金)、8時の予定です。

 

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