第三のオンナ、
千春
「おはよ。美智留お姉ちゃん」
朝、遺影の前で手を合わせる。わたしの日課だ。四人家族の中で最初に話しかけるのが姉美智留。濁りのないつぶらな瞳。わたしの記憶の中で永遠に変わることのないあどけない笑顔。
享年十四歳。早すぎる死……。
警察は転落による事故死として処理した。インフルエンザに罹患した姉は治療薬を服用していたのだが、その後、異常行動をとった可能性があるという。
もっとも姉の死と薬との因果関係は不明だが、ベランダの手すりに姉の指紋の痕がくっきりと鮮明に残っていたことと、目撃者がいたことが捜査の決め手となった。
目撃者は、真向かいのマンションに住む中年女性で、洗濯物を干しているときに、ふらふらした様子でベランダから飛び降りる姉を目の当たりにしたらしい。
だけど、わたしは信じていない。決して事故死なんかじゃない、と。
黙祷が終わると、経机の引き出しからくたびれた大学ノートを取り出す。姉が中学二年生のときに使っていた日本史のノートだ。
おもむろにページをめくる。几帳面な姉らしく、ノートには授業内容がびっしりと書き込まれている。さらに何ページかめくっていく。
すると、ノートの端っこに、授業とは関係ないことが小さな文字で綴られていた。
【まゆ実ちゃんのようなかわいらしい女の子になりたい】
次のページをめくる。
【まゆ実ちゃんのような頭のいい女の子になりたい】
さらにめくる。
【まゆ実ちゃんのような先生に好かれる女の子になりたい】
さらにさらにめくる。
【まゆ実ちゃんになりたい】
この事実を知ったとき、わたしは少し驚いたのを覚えている。
おやつを多めに分けてくれたり、自分の勉強時間を割いてまで宿題を手伝ってくれたり、妹が落ち込んでいるときに笑って励ましてくれたりと、いつも自分のことを二の次に考える心優しい姉美智留が、こんな願望を持っていたなんて。
中学二年生になってから急に髪を伸ばし始めた理由がこれでわかった。まゆ実という女の子が長髪だったのだろう。わたし、ではなく、自分、と言い出したのもこの頃だったような気がする。
「今ウチのクラスで自分と名乗るのが流行ってるの。クラスで一番人気の女の子が言い出したんだけどね」
姉はたしかそんなことを言っていた。一番人気の女の子というのもまゆ実だろう。