第三のオンナ、

千春(ちはる)

空っ風が吹きすさぶ中、わたしは背中を丸めて通学路を足早に歩いていた。顔全体に覆われた大きな白いマスクがわずかに冷たさを緩和してくれるので、家路へと脇目も振らずに前へと進む。

大丈夫かなー。美智留(みちる)お姉ちゃん。

昨日、高熱を出して寝込んでいるのだが、両親は共働きで、自宅には今、二つ年上の姉しかいない。

「美智留のことはママに任せて、千春は安心して学校にいってらっしゃい」

母はそう言って今朝、笑顔でわたしを送り出してくれた。パートの仕事の合間を縫って看病するという。それでもわたしは心配でならなかった。授業に集中できず、姉のことばかり考えていた。というのも、一週間前にわたしも高熱を出したからだ。死ぬかと思った。

三十八度以上の発熱が続いたうえに咳や喉の痛み、頭痛、関節痛といった症状に襲われた。生まれて初めての経験に生気を根こそぎ吸い取られた。ひょっとしたらわたしが姉にうつしたのかもしれない。そう思うとわたしは罪悪感でいっぱいになる。

ごめんね、美智留お姉ちゃん……。

いつになく北風が骨身にしみた。自宅のある古びたマンションのエントランスにきたときだった。ランチタイムはとうに過ぎているというのに、一階のラーメン屋の前に黒山の人だかりができていた。ざわざわと騒がしい。わたしは気になり、人波をかきわけながら進んでいく。やっとのことでたどり着いた人の輪の中心を見た瞬間、我が目を疑った。

え、え、え?

アスファルトの一部が赤黒く変色し、長い黒髪の少女がうつぶせの状態で倒れていたのだ。少女の身体はピクリとも動かない。生きているのだろうか。後頭部を見る限りなんともないようだが……。顔は?……。わたしは想像しただけでぞっとした。

はっ!

少女はパジャマ姿だ。白地に小さなバナナがたくさんプリントされている。顔は見えないけれどそのかわいらしいパジャマに見覚えがあった。わたしはすぐさま見上げた。だが、この位置からは自宅のある五階ベランダの様子はよくわからない。しばし目を凝らす。すると、レースのカーテンが強風にあおられて波打っている様子が格子のすき間からわずかに見えた。

まさか……。認めたくない強い気持ちと、認めなければいけないの? という泣きそうな思いが心の中で交差する。何度も何度も。

「美智留?」

女性の震える声が聞こえた。視線を向けると、少女を挟んだはす向かいに買い物用のエコバッグを持った母が立っていた。目の前の惨劇に顔色を失っている。ドタッと鈍い音がした。持っていたバッグを母が手放したのだ。

「美智留なの?」

動揺しつつ、母はゆっくりと少女に近づいていく。立ち止まり、片膝を地面につける。少女の両肩をそっと掴み、おもむろに身体を反転させた。刹那、母は悲鳴を上げた――。