そして、皆は各々散って行きました。柴犬さんが初めて感じたパワーバランスの出来事でした。イノシシさんに連れ立って、柴犬さんも安全な場所に付いて行きました。わずかですが、イノシシさんの食い物を頂きました。

栗や柿は何とか食べましたが、栃の実とやらは食えないものです。明日からは贅沢は言えません。食えるものは何でも口に入れないと生きられませんから。

柴犬さんは意外と愛想の良い犬なので、イノシシさんも安心して話し掛けます。食べ物を頂いて少し安心した柴犬さんは、イノシシさんと仲良くなりたいと思いました。イノシシさんが柴犬さんに質問をしました。

「まだ名前を聞いていないから教えておくれ」

柴犬さんは喜んで口上(こうじょう)を始めました。

「野良犬の柴と申します。人間に可愛がられて数年、急にこの山裾に連れてこられて、捨てられてしまいました。主人にもわけあってのことでしょう。住んでいたところは、この山の東側から遠くに見える都会でございます。主人はきっとどこか遠くへ引っ越すのに、おいらが邪魔になってしまったのでしょう。

人間の身勝手さには参ります。人間は他人を揶揄(やゆ)する時に、犬を馬鹿にする『犬に論語』を使います。道理を説き聞かせても益のないことの喩(たと)えだそうです。馬鹿にするなよと言いたい。

おいらを捨てておいて、人間がそんなことを言う資格もないものですよ。逆に、おいらは『人間に論語』と言いたい。一生懸命勉強したって、何の役にもなっていないではないか。おいらを平気で捨てるんですから」

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