四 波乱万丈の里山生活

その二 柴犬さんの生きるすべ

柴犬さんは、力強く捲し立てました。それを聞いてイノシシさんも、怒りに火を付けられて言い出します。

「おいらなんか最初から馬鹿扱いだよ。猪武者だってよ。無鉄砲に敵に向かって突進する武者だって。人間風に言えば、無鉄砲なおっちょこちょいかな」

それを木の上で聞いていたのは、先ほどのカラスさんです。カラスさんもなんか言いたくなったようです。

「おいらは、人間から『烏合(うごう)の衆』(注釈1)と呼ばれるぜ。見下されたもんだよ。知能のあるカラスに向かって失礼だよ」と怒ります。

いきなり話に入り込んできたカラスさんに、イノシシさんが言いました。

「なんだ、カラスくんかね。今までの良く見るカラスくんと違うのかね。みな同じに見えて分からない。何だか違う様相というか話し振りだね。何故だい」

カラスさんの待ってましたとばかりの自慢たっぷりの口上が始まります。

「この夏の真っ盛りの頃に、この里山の一軒家の主人と一緒に、この柴犬さんが住んでたような都会の土地から、わけあって夜逃げしてまいりました。人間の主人が言うには、都会での暮らしが大変だから、自然環境の良い土地に夜逃げしないかと持ち掛けられ、多くの種類の生き物たちと逃げてまいりました。おいらは見張り番のカラスでございます。

他に猫、カマキリ、コガネ蜘蛛、アマガエル、蝶、雉、蛇、蚊などが仲間でおります。やっとこの土地に馴染んだ頃でございます。人間の主人の名前は、いぶしぎんじと申します。ぎんちゃんと呼んでおります。いささか変わり者ですが、いたって自然児でして、悪さをするような人間ではないので、一軒家の近くまでお越しください。紹介いたします」

長い長い口上が終わりました。イノシシさんは、笑っていいのか、真面目に話していいのか困惑しています。

この柴犬さんの不幸な生い立ちといい、このカラスさんたちの夜逃げという事情が加わり、イノシシさんの頭の中が混乱して来ました。そして、すぐに頭に閃(ひらめ)いたことがあります。カラスさんに聞きました。

「都会とやらは、そんなに怖い人間がいて棲み難い場所なのかい」

カラスさんは、噛み合わない質問に答えを探しています。

「森の中だって生存競争が激しいから、危険といえば危険でしょうね。都会は、自分では変えられないような理不尽さが、突然襲ってくるとぎんちゃんが言ってた。棲みにくいのは確かだろうね。うまく言えないから、今度遊びに来てよ。ぎんちゃんの家の庭で夕暮れの会を毎日やってるから」