「イノシシさん、この犬さんもだいぶ事情がありそうだね。今はどうしようもないようだから、少しイノシシさんも冷静に考えてみてはどうかね」

イノシシさんも追ってくる人間がいないことに気付いて、少し冷静になっていましたので、静かに犬に聞きました。

「これから一匹でこの森でどうする気かね。この森には様々な生き物がいて、木の実などを縄張りとして生きている。全く余所者(よそもの)が入ってくる隙間などないぞ」

柴犬さんは全く森のことは知らないので、何も言えません。イノシシさんも犬からの返事がないので、どうすることもできず、じっとするばかりです。

イノシシさんは、このまま犬を残して去ってもよかったけれど、カラスさんにも見られたし、ほかの小動物も覗いているようですので、一旦ここは終わらせて立ち去ることにしました。

「秋には、皆が腹を空かせて木の実に集まる。注意して自分の立場を弁(わきま)えて動かないと殺されるぞ。今日は我慢しておくがな。おいらの後に付いて来い。今日だけは少し助けてやるから」

そして、周りに集まった小動物に聞こえるように言いました。

「余所者の犬が迷い込んだから注意するように、と言い触らすなよ」

特にカラスさんに聞こえるように向かって、イノシシさんは一言付け加えました。

「人間に捨てられた犬だから、人間が探しに入り込むことはないだろうし、猟師とも関係ないようだから」