大正七年大審院判決と異状死体等の届出義務

同施行規則にいう『異常』の考え方に関しては、およそ2つの見解がある。

①原因説:「死亡原因が疾病であるときは『異常なく』、その他の原因であるときは『異常あり』とする」もの。第1審はこの考えにより、病死ではないために『異常あり』と説明しているが、原審も同様の考えであろう。しかし、疾病は、生活機能に障害のあることであり、死亡は、この障害の極致である。

この見解によれば、『屍體』には常に『異常』があることになる。もし、第1審のように、この障害を内発的なものと外来的なものに区別し、内科的疾病死には『異常なし』、そうでないものは『異常あり』とすれば、扶養義務を有するものが扶養しなかったことが原因で死亡し、医師が、犯罪行為と関係あると思っても届出の必要がないことになる。

②結果説:結果から見て、その死因に疑念がある場合を『異常あり』とするもの。医学的に見て、死因不明なものは、今後の医学の研究に委ねればいいことである。法律的には、その死因の疑わしいものは、存在する。即ち、だれかの犯行に関係あるのではないかとの疑いがある場合である。

このような場合には、内発的、外発的に関係なく、すべて警察に届出をさせ、犯罪捜査の便に供すべきである。反対に、このような犯罪の疑いがなく、震死、焼死、圧死、水死等その死因に何ら犯罪性を認めない場合は、警察に届出する必要はないことになる。

この原因説、結果説は、弁護人上告趣意書として記載されているが、大審院がこのように詳細に記載しているのは、当時、一般に認識されていた説ということであろう。

本事例に関しては、第1審、第2審ともに①の原因説をとっていると思われ、弁護人は②の結果説を主張しているものであるが、大審院は以下の通りの見解を述べ、上告理由なしとした。

大審院は、医師法施行規則第9条にいう、「屍體」等に『異常あり』とは、純然たる病死ではないと認めるべき状況が「屍體」に存する(原因説)一切の場合を指すものであって、医師が死因に犯罪の嫌疑なしと認めた場合(結果説)であっても、届出るべきであるとするものである。

本事例のように、土砂に圧せられ頭蓋骨骨折で死亡した場合は届出対象となると判示した。即ち、犯罪の有無に関係なく、検案(屍體の外表を検査)して、『異状』を認めた場合は届出義務ありとするものであり、「屍體を検案し、外表に異状を認めた場合の届出」を根拠とした判決と言えよう。