大正七年大審院判決と異状死体等の届出義務

現在の医師法第21条に該当する当時の条文は、医師法施行規則第9条であり、「医師死体又は4ケ月以上の死産児を検案し異常ありと認むるときは24時間以内に所轄警察官署に届出へし」と記載されている。

『異状』と『異常』の違いはあるが、ほぼ同一の規定である。

大審院判決(大正七年九月二十八日)

1.医師法施行規則違反事件

大正7年(れ)第2279号、大正七年九月二十八日宣告

2.第1審福知山区裁判所、第2審京都地方裁判所

3.判決上告棄却

4.事件概要

被告人(医師)は、土砂に圧せられ、医師の治療を受けず、頭蓋骨骨折で死亡した屍體を検案し、「異常あり」と認めたのに、その病名を頭蓋骨骨折、死因を病死とし、死亡場所を受傷場所ではなく、患家の自宅とする屍體検案書を発行し、警察への届出をしなかった。

5.判決要旨(原文のまま)

医師法施行規則第9条に所謂、屍体等に異常ありとは純然たる病死に非ずと認むべき状況が屍体に存する一切の場合を指称するものにして、医師が死因に犯罪の嫌疑なしと認むる場合といえどもその除外例を為すべきものに非ずと解するを相当とす。

6.判決理由

上告趣意書の論点が、7点挙げられている。

第1点、原審(京都地方裁判所)は、被告人は、土砂に圧せられ、頭蓋骨骨折で医師の治療を受けずに死亡した死体を検案し、その骨折を認めたのに(外表異状を認めたのに)警察に届出をしなかったと事実認定をしている。

第1審(福知山区裁判所)は、被告人は、土砂崩壊のため頭蓋骨を粉砕骨折し、死亡した死体を検案し、異常ありと認めながら警察への届出をしなかったと認定している。

(1)頭蓋骨粉砕骨折は即死の原因となるが、単純骨折は即死とならず多少の生存期間がある。被告人は、未だ生存している状態で診察したと主張しているものであり、単純骨折か粉砕骨折かは罪の成否に重大な影響があるにもかかわらず、第1審と第2審の事実認定が異なる。

(2)医師法施行規則第9条に言う『死体』の定義において、医師の診療を受けたか否かが重要な事項であるにもかかわらず、第1審と第2審は認定を異にしている。

(3)『異常あり』と認めることは、本件犯罪の構成要件であるにもかかわらず、第1審と第2審で見解を異にする。この3点で第1審と第2審の見解が異なるのであるから、第2審である京都地方裁判所は、第1審判決を破棄すべきであるのに、控訴を棄却したのは違法であると主張している。

この点に関し、大審院は、上告趣旨、第1審、第2審ともその認定事実は同一であるので上告理由なしと判示している。

第2点、原審においては、被告人が診療中の患者が死亡したものであり、死体を検案したものではないと争っているものであり、頭蓋骨骨折の場合には、数日は生命維持するものか否かの鑑定依頼をしたにもかかわらず、原審は医学の知識のない農夫の想像を証拠とし、鑑定申請を却下したのは違法であると主張するが、農夫の供述は想像によるものではなく事実に基づくものであり、原審の職権に属するものであることから上告理由とならないとした。

第3点、第4点、第5点、省略。何れも上告理由なし。