今思えば何のために船を辞めたのか完全に見失っていました。祐子にはパチンコが遊びでなく仕事であるかのように言って自分を正当化し続けていて、よく離婚されずにいたなと思います。3~4ヵ月この生活を続けていた時、心が満たされていない自分がいると感じるようになりました。
パチプロは娘に誇れる仕事ではないし、人の役に立っている仕事ではないと思った時やっぱりきちんとした仕事をしたいと考えるようになっていきました。
あまりにもひどい生活を見かねた方から、水産の工場で働かないかとお誘いをいただきました。祐子もやっとまともな仕事についてくれると大賛成してくれました。
佐賀に住んで生活すれば月30万でなくても何とか生活出来るんじゃないかと思って聞いてみたら工場勤務だとやっぱり給料は手取りで15万くらいとのことです。パチプロをやめて、4月1日の入社日から明神水産加工部にお世話になることになりました。
実は船に乗っていた時からずっと、時々胃が痛くて物が食べられないことがありました。水産の入社日のその夜急に強い腹痛に襲われてすぐに医者に行きました。診断によると胃潰瘍になっていて胃に穴が開いているということでそのまま緊急手術になり、その日から一ヵ月ほど入院してしまいました。お医者さん曰く、漁師時代からの心労で胃が弱っていて、船に乗っていたら死んでいたでしょうね、ということでした。
たまたまその年のタイミングで船を降りていたので助かったのだと言われました。それを聞いて自分はついてる男だなと神様に感謝し、まだ生きていく価値のある人間なんだと思ったことを覚えています。5月中頃、退院後リハビリをしながらも、やっと正式に工場勤務が始まりました。