【前回の記事を読む】「なんで私ばっかり!」何でも任せる夫に不満だった…だが院長だった夫が突然亡くなり、資格もないままクリニック経営者に…
第2章 その後
1 二年目は現実逃避
クリニック界隈も数は増加の一途、個性を要求され、その反面飛び抜けると受け入れられず疎まれる、難しい時代、人より頑張らなければ生き残れない。人が休んでいるときに働くしかないのだ。
私は当時、パパに言われた“木”を見て頑張っていただけなのに、めっちゃやっていた!と思っていた。“森”を見ていたパパとは次元の違う話なのに。
パパには、どれほどの苦労や心労、重荷があったのだろう。
私はある日突然経営者になった。毎日悩みは尽きず、あちらこちらといそがしい。
仕事、子供たちのこと、家族、いろいろと、勝手に責任を負って、自分を追い込んで、寝る時には枕元にゴルフのアイアンを置いて、もし何かが来たら娘を守らなきゃ!と。
365日、文字通り気の休まる時がない。胃はずっと痛い。そうなって初めて気付いたのだ。
このうえ、人の体に関わる責任重大な診療までやっていたパパは、超人だったと! そして、私はこの頃、家族についても気付かないことだらけだった。
娘のママ友が飲みに誘ってくれ、ママ友三人で久しぶりに飲んだ。
その時、ママ友の一人から、「あなたの娘が『泣くの我慢しなくていいのに、私の前で泣いていいのに、毎晩ママはベッドで泣いてる』って泣きながら言ってたよ」と聞いた。
続けて、彼女は、「あなたが我慢するから娘も我慢しなきゃと思うんじゃない?」と。ズシンと響いた。娘は私の前ではめったに泣かなかった。