【前回の記事を読む】微熱と倦怠感で1週間寝込む夫に「何食べたい?」…LINEに返事がないので部屋に入ると、夫は倒れていた。頬に触れると冷たくて…
第1章 ボタンのありか
3 息子
私は義兄の車で家に帰った、のだと思う。
息子からLINE。
「◯時◯分に駅に着く。おむかえお願いします」
「了解、いつもの橋ね」
帰ってくる時間だ。息子はアメリカに留学するために、最近は、規定の点数を取らなければいけなかった英語の試験を何度も受けに行っていた。
今朝も「行ってきます」と言って家を出た。
後で息子から聞いた話だが、その日だけ「パパから『おー、頑張れよ!』のいつもの返事がなかった」と言っていた。
義兄が、「俺から話そうか?」と言ってくれた。
でも、それは私がやらなきゃいけない。「大丈夫です」
駅まで義兄に乗せてもらい、駅から出てくる息子を見つけて、私は車から降りた。
「お帰り」
AirPodsを外した息子は、我が家のではない車、運転席の義兄を見て、「どうしたの?」と、苦笑いで聞いた。
「パパ死んだ」
息子の第一声は、「嘘でしょ?」
唇が震え、涙を堪えられなくなった私を見て、息子は何も言わなかった。
後部座席で家に帰るまで、息子は自分の太ももを拳でずっと殴りながら、「くそーっ、なんで、くそーっ」と数回言った。
彼もまた後悔の渦に飲み込まれていった。彼がこの先一生忘れられないこの言葉、それを言った私の顔、情景、橋。
最愛の父の死を伝えるのは私でなければいけなかった。多分、パパも同じ思いだから。
家に着くと息子はノートを探し始めた。それは、パパが、「何かあったらこれを見ろ」と、息子に託したノートだった。自分に何かあった時にしなければいけないリストを、パパは18歳の息子に託していた。
おそらく数年前に。息子はこれを何歳の時に渡されたのだろう。
彼は、「これをこんなに早くに見なきゃいけないなんて思ってなかった」と言いながら、一つずつ確認していた。彼は泣かなかった。
それを見て私は我に返った。しっかりしなきゃいけない、この子たちのために、しっかり!
私の前で息子が泣いたのはその翌日の夕方、生まれた時から彼を知るスタッフが他のみんなと、ようやく病院から帰ってきたパパに会いに来てくれた時だった。
彼女の顔を見て、小さい頃のように息子は泣いた。ただ、息子はそれきり、葬儀を終え、ひと段落するまでは私の前では泣かなかった。