ダウト1――銃殺を疑え
「へえ、東大卒なんだ、すごいね」
履歴書に目を通していた松田太郎課長は机の前に直立している青年を大きな顔で見上げて言った。
「はい、ありがとうございます」
高井良(たかいら)悠警部補は姿勢を正し、敬礼して返事をした。
「あ、いやいや、そんなのはここではいいから。ここは刑事総務課だから警視庁と言ってもドラマで見る刑事みたいな職場じゃないから。まあ、普通の会社と同じようなもんだから気楽にやってよ。どうせ君のようなキャリアは1、2年で警察庁の官僚に出世するんだからさ」
「いえ、僕はずっと現場で働きたいと思っています。本当は捜査第一課への配属を希望していたんですが……」
「捜一なんて大変だよ。俺も昔いたんだけどさ。もう二度と行きたくないね。それに比べたら刑総は天国だよ。楽して出世するのが一番だよ」
「えっ、課長は一課にいらしたんですか?」
「ああ、昔ね」
「すごいじゃないですか。いいなあ、捜査一課。僕も早く一課で働きたいなあ。僕、子供の頃から刑事ドラマが大好きで、大人になったら絶対刑事になるって決めてたんです」
「ああ、いるよね、そういう人。でもそういう人に限って理想と現実のギャップにショックを受けて大抵途中で挫折しちゃうのよね。最近はどうだか知らないけど、昔はパワハラ天国だったからね。君も一課に行く時は覚悟しておいた方がいいよ」
「僕は大丈夫です」
高井良は胸を張った。
「そう、頼もしいね。ところで、ここの仕事はもう知っているとは思うけど、一応説明しておく。刑事総務課は警察の運営に関する調査、企画及び指導等に関する業務を担当する。刑事部の各種資料や書類の保管等の庶務、それから、事件発生時の防犯カメラ映像の回収・解析も我々の仕事だ」
「えっ、それじゃ、事件の資料も見れるんですね」
「まあ、見られるけど、我々の仕事はあくまで捜査課の支援だから、余計なことに首を突っ込んで、目をつけられないようにね。君の出世にも影響するから」
「気をつけます。ところで僕はどこの係に配属されるんでしょうか?」
松田は周囲をきょろきょろと見回してから高井良に手招きして自分の口に耳を寄せるよう指示し、小声で囁いた。
「君は刑事特別捜査係に任命された」
「えっ! 刑事特別捜査係! それって、刑事部長の特命事件捜査を担当するってことですよね」
「しっ! 声が大きい! このことは川崎刑事部長と俺以外はほとんど内密にしてあるんだ。君は表向きは刑事教養第3係に配属される。だが、特命のことはくれぐれも他の者には気づかれないようにするんだ」
「分かりました。しかし僕みたいな新人にいきなり特命だなんて一体どんな任務なんですか?」
松田は再び周囲を警戒してから囁いた。
「刑事教養第3係の係長に木曽天蓋(てんがい)という男がいる。君はそいつの直属の部下になるわけだが、彼の言動を逐一調査し、俺に報告するんだ」
「何でそんなことを?」
「詳しいことは俺も知らない。だけど、とにかくあの男は変なんだ。何が変かということは言葉ではうまく言い表せない。君も会ってみれば分かる。とにかくよく分からないが川崎部長が言うには何か良からぬことを企んでいるに違いないとのことだった」
「えっ、そんな曖昧な容疑で身辺調査するんですか? それだったら地方へ左遷させた方が早くないですか?」
「俺もそう言ったんだが、部長は首を縦に振らなかった。何か事情があるのかもしれない。とにかく頼んだぞ。君の働きが我々の未来にかかっている」
松田は高井良の背中を叩いた。