返事をする前に竹虎は大きな背を向けて歩き始めた。ジャケット越しでも分かる筋骨隆々とした体つきは同性でも惚れ惚れとするほどだ。
窮地を救ってくれたこともあり、怪しいから逃げるという選択肢は鬼塚の脳内からはとうに消え去っていた。どの道、行くところも失うものもない。
だから今さら怖がることもないのだ。眠ることを知らない夜の街から離れると嘘のように静かになる。
高級セダンというだけあって車内は静謐そのもので隣で運転する竹虎の息遣いまで聞こえそうなほどだ。ひとたびハンドルを握ると竹虎は一言も発することなく、野性味あふれる荒々しい外見とは裏腹にドライビングは丁寧でゆったりとしたものだった。
十五分ほど経過しただろうか。街並みがすっかり閑静な住宅街へと姿を変えた頃、車窓を流れる景色が突然白一色となった。
ガードレールでもワンボックスカーでも、ましてや病院でもない奇妙な塗り壁になんとなく不安を感じていると前触れもなく巨大なキャンバスは終わりを告げる。
代わりに現れたのは武家屋敷を彷彿とさせる巨大な玄関口だった。
部屋に案内されると、テーブルの上に置かれた直径四十センチメートル近くはあろうかという漆塗りの寿司桶が目に入る。
思い返してみれば、鬼塚が目にしたことのある寿司と言えばスーパーのパック寿司くらいだ。
「よし、食うぞ」
「なーに言っとんね。手当てが先じゃろうが」