【前回の記事を読む】改造車を乗り回すくらい元気なはずの元小児患者が来て「先生ちょっとしんどいわ」…入退院を繰り返してやっと卒業したのに合併症に…

一 小児科医として歩き出す 病気の子どもの世界へ

悲しい子どもの死 ―及ばぬ悔しさ残る―

子どもの病気は意外とよく治る。だから子どもを診ていると、うれしいことやいいことの方が多い。

しかし長い歳月の間には幾度か、死という悲しい出来事に遭遇する。

遊び慣れ親しんだ、病室でにこにこして待ってくれていた、そんな子どもの死を経験してきた。子どもの病気を毎日診ていくという使命の中では避けられないことではある。

健康と病気の振り子がときに病気の方に大きく振り切れる。思いがけず死がやってくる。

しかし、どんな場合も幼い、若い死は不本意だ。

だれも納得できない。

それは未来のある、無限の可能性のある子どもであると同時に生まれたときから慈しみ育ててきた最愛の親を深い悲しみとともに残すからで、何年経っても家族の心を慰め癒す言葉は浮かばない。

小児科医にとって死に出会うことはそう多くはない。それだけに衝撃は大きい。悲しみと力及ばなかった悔しさが残る。

20年も前、ある患者が死んだ。

思いもよらぬ急変に、主治医である私は休暇で郷里に帰っていて、その子の死に間に合わなかった。

懐いて、いつも白衣の裾をつかんで遊ぼうとせがむ愛くるしい男の子だった。20年経った今も私を見つめていたその笑顔を忘れない。

悪性の貧血の病気を持った女の子。

血色素が正常の4分の1しかなく何度も大量に出血してはその都度輸血をして凌(しの)いでいた。

その合間にも機会があればみんなで遊んだ。病院敷地内にある私の官舎でひな祭りをした。みんなで雛あられを食べ大声で笑った。

それからしばらくして亡くなった。

ひな祭りのときみんなで撮ったあのときのうれしそうな写真の笑顔が、今も脳裏できゃっきゃっと遊び続ける。

香川県は乳児死亡率が世界一低い(平成7年度。日本は世界一で香川は日本一だから)。健康は当たり前と思っている。

ずっと昔、生まれた子どもの半分しか大人になれなかった時代が日本にもあった。そんな時代の親のたった一つの願いは「中国地方の子守歌」の中に残っている。

「一生この子のねんころろまめ(元気)なよに、ねんころろん」。

それからもいくつもの死に出会ってきた。子どもの死はとてつもなく悲しい。

だからいじめられても自殺などしないで頑張って生きてほしい。

出来が悪いと嘆く前に、泥だらけで「おかあちゃんおなかすいた!」と大声で走って来る元気な子なら、ああよかったと、今生きて輝いている命を心から喜んであげてほしい。