【前回の記事を読む】入院してきた不登校の小学5年生。彼はベッドから顔も出さなかった。しかし、小児科医の“とある一言”から外出できるようになった
一 小児科医として歩き出す 病気の子どもの世界へ
つっぱりの言い分 ―問題児ほど将来楽しみ―
私のかわいい患者たちは長期入院して元気になって慣れてくると、いたずらを始める。次々と繰り出すあの手この手のいたずらにわれわれ大人は右往左往してしまう。看護婦や養護学校の先生方と走り回り、ああでもないこうでもないと、一生懸命対応に追われる。
今思えばたわいもないものが多いが、そのときは必死だ。ときには親を呼んで善後策を相談することもある。
こんなことを書くとあちこちからしかられそうだが、結論から書くと、問題行動を起こした子ほど将来が楽しみ! 問題行動はそのこの生命力のあかしのようなものである。
幾人もの「いわゆる問題児」にかかわってきたが、何年か経って会うと、その子らの成長ぶりに驚かされる。子供は変わるのだ、子供は成長するのだ、ということを痛感させられる。
私は問題ばかり起こしてきたある子供が、成人して何でも話せるようになったとき、ふと言った言葉につっぱる子供の心をかいまみたような気がした。
「わいら、弱みを見せたら終わりやけんな……」彼は運動神経が抜群で、活発で積極的な子供だったが、何かやりかけるとそのつど病気がじゃまをした。入退院の繰り返し、養護学校への転校、学習の遅れ。病気は改善し、どうにか高校へ引っかかり、停学の繰り返しの末、ようやく卒業。仕事を始めるが、今度は合併症に苦しめられる。
何度も病院に「先生ちょっとしんどいわ」とやってくる。しかし彼の元気さは人一倍だった。その間、改造車を乗り回し、時たまカーチェイスをする交通警察隊ともマイクで名前を呼んでくれるくらい懇意となった。その長い成長の間、両親ははらはらのし通しだったが、決して子どもを見捨てたり突き放したりしなかった。一生懸命正面から子どもを見ていた。
その彼が仕事を始めた。仕事ぶりも半端ではない。いわゆる「学歴」のない彼は体を使って必死に頑張っている。もう何年も頑張っている。彼がしゃべり始めると人が寄ってくる。
私は信じている。この子はきっと大物になる。そこらの「賢い」子どもよりずっとすごい子になる。
一時期、授業にならないような校内暴力や器物破損が全国を駆け巡ったことがあった。尾崎豊の歌がはやっていた。大人はそれをどうにかうまく鎮圧した。あの荒れたつっぱりたちはどこへ行ってしまったのだろう。学校では評価されない雑多な才能を持っていたろうに。